↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第四章:「森王国の古代遺跡」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/121

第五話:自分の意思で/第三幕:眠りの底で

 中枢を離れても、青白い光は戻らなかった。


 壁際の装置は沈黙し、通路を横切るたびに身構えていた発射音もない。遺跡そのものが、深い眠りへ落ちたようだった。


 進む前に、ナイアが輪の中央へ立った。指先に淡い光が灯り、エイリク、エルセリア、シグの順に触れていく。


 《フェアリーヒール》


 淡い光が触れた場所から、背中と胸に居座っていた鈍い痛みが少しずつ遠のいていく。エルセリアも指輪へ魔力を通し、擦り傷の残る腕へかざした。


 痛みはかなり引いた。それでも、身体の芯に溜まった重さまでは消えない。


 右腕に触れる番になると、ナイアの指先はそこだけ一瞬迷うように止まり、すぐに離れた。シグも、そこには何も言わなかった。


 一巡り終えると、ナイアは小さく息を吐いた。膝に手をついたのは一瞬だけで、すぐに立ち上がる。誰も、それ以上は聞かなかった。


 四人は奥へ進みすぎなかった。先頭を歩くエイリクの足取りは来た時より重く、大斧の切っ先も心なしか下がっている。それでも先を確かめる足は止めない。エルセリアは壁の刻印へ指を這わせながら、閉ざされていた区画を覗く。合間に挟む息はまだ浅い。シグも歩くたびに、身体の奥に残る重さを感じていた。


 今なら進める場所は増えている。それと、進むべき場所が増えたことは同じではない。


 帰る前に、中枢の周囲だけを調べる。


 やがて見つけた一室には、武具らしいものがいくつも残されていた。刃の欠けた剣、原形を失った金属片、蓋の割れた細長い容器。その中で、一つだけ月光を削り出したような白銀の弓が横たわっている。


 ナイアが足を止めた。


「触っても?」


 問いかけられたエルセリアは、弓と周囲の床をしばらく見比べてから頷く。


 ナイアが持ち上げる。細身の外見に反して、軋み一つない。


 指先から魔力を流した瞬間、白銀の表面に淡い光が走った。ナイアの襟元、その下にある《森羅の星弓紋》も同時に輝く。


「……繋がった?」


 エルセリアの声に、ナイアはすぐ答えなかった。弓を握ったまま、自分の紋章へ流していた魔力を少しずつ動かしていく。


「矢を一本」


 エイリクが黙って矢筒から抜き、渡した。


 ナイアは木製の矢を番え、部屋の奥に転がる壊れた保存容器へ向ける。弦を引いた途端、矢柄へ緑色の光が絡んだ。


 《ヴェルダントスパイク》


 放たれた矢が宙を裂く。


 途中で木の矢柄が膨れた。鏃を呑み込むように木質が伸び、一本の鋭い杭へ姿を変える。肥大した先端が容器を穿ち、破片が床へ散った。


「おお」


 エイリクが声を漏らす。


 ナイアは返事もせず、もう一本を手に取った。今度は少し離れた床へ矢を突き立てる。石からは何も生えない。だが、刺さった矢柄から細い根が這い出し、幾筋にも分かれて壊れた容器へ絡みついた。


 根が軋み、残骸を締め上げる。


「……同じ魔法なのに」


 シグは矢を見つめた。森も土もない石室で、ナイアの魔法が伸びている。何もなかった場所から生まれたわけではない。一本の矢が、魔法が発動する基点になっていた。


 ナイアは根が消えるまで見届けると、白銀の弓を裏返した。


「まだ、できることがありそうです」


「今日はそこまで」


 エルセリアに遮られ、ナイアは一拍置いて弓を下ろした。


「……はい」


 名残惜しそうに弦を指でなぞるのを見て、エイリクが笑った。


 ◇


 もう一つの発見は、武具の保管区画から離れた通路だった。


 壁際に倒れた棚の奥から、一対の靴が出てきた。古びてはいるが、触れたエルセリアが眉を寄せる。


「魔力が残ってる」


「また武器か?」


「靴でどう戦うのよ」


「蹴る」


 即答したエイリクを無視し、エルセリアは靴の内側を確かめた。


「術式が入ってる。何をするものかは分からないけど」


 大きさが合ったのはシグだった。


 履いて歩く。何もない。少し走る。やはり変わらない。


「跳んでみろ」


「普通に?」


「まずはな」


 エイリクに言われるまま跳んで着地する。当然、何も起こらなかった。


 シグはしゃがみ込み、靴へ手を触れた。


「魔力を流したら?」


 エルセリアが止めなかったので、立ち上がる。


 足先へ魔力を送る。剣へ流す時より感覚が遠く、余計なところへ散りそうになるのを押さえながら床を蹴った。


 身体が浮く。


 着地しようと右足を下ろした瞬間、まだ床まで半歩以上あるところで靴底が何かを踏んだ。


「え?」


 硬い。足だけが空中で止まり、身体は止まらない。


「うわっ!」


 前につんのめり、肩から石床へ転がった。


 一瞬の沈黙のあと、エイリクが吹き出した。


「お前、何もないところで転ぶ才能まであったのか」


「違う! 今、何か踏んだ!」


 起き上がったシグが振り返る。何もない。


 ナイアは口元へ手を添えていた。目が合うと、すっと視線を逸らされる。


「ナイアまで笑ってるだろ」


「笑ってません」


 声が少し震えていた。


 エルセリアだけはシグが転んだ場所を見ていた。


「もう一度。今度は魔力を少なくして」


 二度目は足場が横へずれ、空を踏み抜いた。三度目は触れる前に消えた。


 四度目。


 右足を下ろした先に、薄い光の面が生まれる。足元に幾何学の紋様が一瞬だけ浮かび、すぐに輪郭を失った。


 今度は見えた。


 靴底に硬さが返る。シグは膝を曲げて勢いを殺した。ほんの一瞬、床のない高さに立っている。


 次の瞬間には光が砕け、慌てて床へ降りた。


「……これ、走れるようになったら」


 そこまで口にして、シグはやめた。


 一歩作るだけでこれだ。《風撃》まで同時に使えば、敵より先に自分が地面へ転がる。


 エイリクが肩を揺らしたのが見えた。


「今、また転ぶと思っただろ」


「思ってねえよ」


 返事が早すぎた。


 ◇


 それ以上、四人は奥へ進まなかった。


 白銀の弓と靴型の魔具を持ち出し、来た道を戻る。沈黙した通路には、まだ開けていない扉がいくつも残っていた。


 シグはその一つの前で足を緩めた。


 何が眠っているのかは分からない。


 右腕には、先ほどまで黒い力を吐き出していた感覚がまだ微かに残っている。自分で使い、自分で止めた。それでも、あの力について分かったことはほとんど増えていなかった。


 床の奥から、低い震えが一度だけ伝わってきた。遺跡はまだどこかで息をしている。その震えに応えるように、右腕の奥が微かに疼いた。


「シグ」


 先を歩いていたエルセリアが呼ぶ。


「今行く」


 閉ざされた扉から目を離し、三人の背中を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。