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Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第四章:「森王国の古代遺跡」

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第四話:四人の戦場/第四幕:使う。

 白い光が弾けた次の瞬間、視界より先に熱が来た。


 シグは顔の前に腕を上げた。炎は見えない。ただ頬の皮膚が引き攣れ、吸った空気が喉の奥を灼く。空気そのものが軋むような低い音が、腹の底まで響いてくる。


「下がって!」


 エルセリアの声に押されて足を引いたが、二歩で止まった。背中の傷が疼き、それ以上は動けない。


 レヴァナントの正面で、景色が歪んでいる。石床の継ぎ目も奥の壁も、水面越しに見るようにぐにゃりと揺れ、揺らぎは休みなく広がりながらシグたちを射程へ収めていく。溝を這う紋様までが陽炎の向こうで滲み、輪郭を失っていく。


「集まってる魔力が多すぎる」


 エルセリアが左手を持ち上げかけ、止めた。指先が微かに震えている。乾いた唇を一度舐め、額の汗を拭う間も惜しんで、柄へ戻す動きに迷いはなかった。


「間に合わない。私の魔法で魔力を抑えつけるのも、もう遅い」


 言い切って剣を構え直す。それだけでエルセリアの判断は終わっていた。


 ナイアはすでに弓を引いていた。狙いは敵の胴でも首でもなく、歪みが最も濃い場所、長剣の柄の周辺だ。


 シグは彼女の狙いを察して剣を横に払う。


 《風撃》


 敵の右腕へ風をぶつける。刃が空を切っただけの手応えに、外したかと思った直後、長剣がわずかに流れた。歪んだ空気の隙間へ矢が吸い込まれる。


 届いた。だが、貫かなかった。矢が歪みへ飛び込んだ瞬間、鏃の手前から矢柄が爆ぜた。木片が火の粉を引いて散り、敵まで届かない。ナイアの喉から短く息が漏れ、次の矢へ伸ばしかけた手が止まった。二射目を放つ間もないと、指先が先に理解していた。


「エイリクさん!」


 呼ばれる前から、エイリクはすでに前へ出ていた。篭手へ魔力を込め、正面に半透明の壁を広げる。


 《エーテルアイギス》


 いつもならすぐに解く陣を、今日は解かない。歯を軋らせながら維持し続ける。


「保つのか」


「知るか!」


 エイリクの視線が一度だけ横へ流れ、シグの位置を確かめてから前へ戻る。何も言わないまま。


 ナイアが弓を下ろし、空いた手を掲げる。鎖骨のあたりで紋章が光る。


 《スピリットウォール》


 淡い光がエーテルアイギスの後ろに重なる。二枚。ナイアは矢筒へ手を伸ばそうとしない。二人とも、受け止める側へ回ったのだとわかった。


 シグは剣を握り直した。何もできないわけではないはずだ。


 床を這う光へ目をやる。壁からも周囲の設備からも、途切れず同じ光が流れ込んでいる。レヴァナントの守りをエルセリアが剥がしても張り直され、膂力を制限しても押し戻され、設備を壊しても別の経路が繋がった。


 シグの視線が、レヴァナントから床へ落ちる。


 右腕が急に重くなった気がした。


 シイバでの光景が過る。崩れた石畳、囲んでいた帝国兵、腕から滲んだ黒。あの時は何をしているのかもわからないまま、広がっていく力に巻き込まれていた。人が死んだ。


 指先が冷える。目の前は焼けているのに、右手だけ別の場所にあるようだった。


 同じことになるかもしれない。


 その言葉を、シグは飲み込んだ。


 大丈夫だとは言えない。あれを御せるようになったわけでもない。エルセリアとの訓練で摑めたのは、自分の中にある力をどうにか動かせる程度のものだ。


 それでも、シイバの時とは違う。エイリクが前にいる。ナイアがその後ろで壁を支えている。エルセリアはすぐ隣で、まだ次の手を探して指を握っている。誰がどこにいるかも、何が敵を支えているかも、今は分かっている。


 前方の障壁が軋んだ。攻撃はまだ放たれていない。それでも押し寄せる魔力だけで、表面に細波が走る。


「来るぞ!」


 エイリクが腰を落とす。踏みしめた床から、鎧の重さを乗せた鈍い音が響く。ナイアの障壁が光を増した。


 剣も《風撃》も、この流れは断てない。二人の壁が保つ保証もない。仮に凌いでも、供給が続く限り同じことの繰り返しだ。


 シグは右腕へ左手を添えた。


 一人で敵を斬る必要はない。ならば自分がすべきことは一つだけだ。


 敵ではない。仲間でもない。


 あの魔力を止める。


 一度だけ息を吸う。怖くないと言えば嘘になる。喉の奥がまだ焼けたままで、吸い込んだ空気は熱を帯びていた。それでも今度は、誰に強いられたのでもなく自分で選んでいる。


「――使う」


 シグは、自分の内側へ意識を沈めた。


 右腕の奥で、何かが応えた。


 《虚無を統べる紋章(ヴォイド・コード)》が、皮膚の上へ浮かび上がる。

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