第四話:四人の戦場/第三幕:届いても、なお
シグは右腕から手を離した。
考えるより先に、レヴァナントが踏み込んでくる。
エイリクは退かず、大斧を長剣へ噛み合わせた。押し合う二つの武器が軋み、敵の身体には魔力が薄い膜のようにまとわりついている。
「エイリク、そのまま!」
エルセリアの左手が敵の輪郭をなぞる。
《セイクリッド・ディスペル》
白い光が這うようにレヴァナントの肌を覆っていた膜へ絡みつき、剥がれ落ちた光は粉となって床に消えた。ここまでの戦闘で刻んだ傷はそのままに、守りだけが一枚薄くなる。
「今しかない」
エイリクが低く言い、大斧ごと体重を前へ乗せる。押し返す力に、敵の膝がわずかに沈んだ。
刃が敵の脇腹を薙いだ瞬間、いつもより手応えが軽い。自分の剣が鋭くなったわけではない。阻んでいたものが消えたのだと、両手に返る感触で分かった。
ナイアの矢が、露出した肩の継ぎ目に吸い込まれていく。エルセリア自身も雷を纏わせた剣で踏み込み、胸元へ深い一撃を刻んだ。
四人の攻撃が、まるで示し合わせたように通っていた。
「また……!?」
エルセリアの声が硬くなる。床の溝が再び発光し、青白い光が幾筋も敵の身体へ集まっていく。剥がれたはずの膜が、また輪郭をなぞるように戻り始めていた。
「解除、失敗したのか?」
エイリクが斧を構え直しながら聞く。
「してないわよ」
エルセリアは即答した。
「消したのは消した。今あるのはそれとは別。新しく張り直されてる」
言い切ってから、エルセリアが大きく息を吐き、自分の左手へ目を落とした。指先を一度握り込み、すぐに剣を構え直す。
「別のを使うわ」
《クレド・ジャッジメント》
今度は膜ではなく、敵の内側を巡る魔力の流れそのものを抑え込む光。走り出そうとした長剣の動きが、明らかに鈍った。
「――今」
短く言ったのはナイアだった。矢はすでに次の位置へ向かって放たれている。シグはその軌道を追う前に、もう体が動いていた。射線を塞がないよう、敵の左へ回り込む。
ナイアから何か言われたわけではない。だが彼女が次にどこを狙うか、動き出す前の半歩でもう分かるようになっていた。エルセリアが《クレド・ジャッジメント》に意識を割いている間、その隙を守るのは残り三人の役目だ。誰かが指示するまでもなく、それぞれの立ち位置が自然に決まっていく。
エイリクが紋章に魔力を込めた。
|《身体強化》《プレデターブースト》
強化された膂力で長剣を押し返し、大斧を肩へ叩き込む。斧身が骨に当たった硬い音が、シグの耳にまで届く。芯を捉えた一撃だった。
レヴァナントの片膝が床につく。
だが、すぐに長剣が薙ぎ払われ、受けたエイリクの身体が横へ流れた。
シグの足が一歩そちらへ向く。だが止めた。エイリクはまだ立てる。
エイリクは大斧を床へ突き、もう身体を起こし、シグとともに敵へ向き直った。
優位は長く続かなかった。
床の光量が再び増していく。エルセリアによって制限された強化を、外から流れ込む力がじわじわと押し戻す。エルセリアの額に汗が浮き、剣を支える腕がわずかに強張った。
「戻ってきてる!」
シグの声にもエルセリアは答えない。左手を向けたまま、奥歯を噛み締めている。
長剣が振り上げられる。魔力を制限していた軛は、崩れた。
敵の踏み込みが元の速さに戻り、エイリクが半歩後退する。シグは息を吐いた。
エルセリアの魔法も、四人での攻撃も、何ひとつ失敗していない。それでも遺跡から光が流れるたびに、積み上げたものを押し戻される。
シグは床を走る光へ目を落とした。
「……あれを止めない限り、終わらない」
シグの口から零れた反芻は、自分にしか聞こえないほど小さかった。
その時、広間の奥で低い唸りが重なって響いた。壁際の設備が次々と明滅を始める。
「今度は何だ!?」
エイリクが振り返る。
床を走る光が、桁違いの量で膨れ上がった。低い音が空気ごと震わせ、肌が粟立つ。
エルセリアの表情から、余裕が消える。
「来るわ。止めないと――」
言い終える前に、床一面が白く弾けた。




