第四話:四人の戦場/第二幕:尽きない力
レヴァナントが踏み込んだ。
胸にはシグが開けた傷が残り、左肩にはナイアの矢が刺さったままだ。それでも先ほどまでの鈍りは消えている。
長剣がエイリクへ振り下ろされた。
大斧が受ける。重い音が広間に響き、二人の足元で砂埃が跳ねた。
シグの足がそちらへ向きかける。
だが、エイリクは下がらない。
シグはその横を走った。
エイリクに声は掛けない。相手もこちらを見なかった。ただ大斧を押し込み、敵の正面を塞ぎ続けている。
側面へ回る途中、シグは床の光を跨いだ。
さっきより明るい。
レヴァナントが剣を引き、エイリクの脇を抜けようとする。
シグは剣を振った。
《風撃》
横から受けた風圧に巨体が傾く。身体を覆う魔力が、水面に石を落としたように歪んだ。
その先には、すでに矢が飛んでいた。
ナイアの一射が肘の内側へ突き刺さり、長剣を持つ腕が僅かに落ちる。
そこへエルセリアが入り込んだ。雷を纏った刃が胸の傷を斜めに走り、黒ずんだ鎧をさらに裂く。
レヴァナントが強引に剣を振るう。
エルセリアは身を引く。その場所へエイリクが踏み込み、大斧の柄を敵の胴へ叩き込んだ。
重心こそ崩れたが、倒れるには至らない。
「まだダメか」
エイリクは大斧を構え直した。
シグも呼吸を整えながら剣を構える。
攻撃は通っている。さっきより傷は増えている。それなのに、身体を覆う光だけは薄くならない。
「もう一度」
エルセリアの声だった。
何を、と聞く暇はなかった。
敵が床を蹴る。
エイリクが迎え撃った。
今度の斬撃は大斧ではなく、左腕に生まれた半透明の障壁が受け止める。長剣が弾かれた瞬間に障壁は消え、エイリクが空いた胴へ蹴りを入れた。
シグが続く。
敵の足元へ《風撃》を放つと、身体がわずかに浮いた。
ナイアの矢が膝へ入る。
床の青白い溝が強く輝いた。
壁際から何本もの光が走り、敵の足元へ集まっていく。低い駆動音が広間の奥から響き、壁際に並ぶ大型設備が順に明滅した。
シグの目にも分かった。
揺らいでいた身体表面の魔力が、再び濃くなっている。
「やっぱり」
エルセリアはレヴァナントではなく、床を見ていた。
「こいつ、自分の魔力だけで動いてない」
長剣が迫る。エルセリアは横へかわし、そのまま言葉を続けた。
「周りから流れ込んでる。おそらく、この遺跡から」
ナイアの視線が壁へ走った。
返事はない。
次の矢先が敵ではなく、壁際の装置へ向く。
弦が鳴り、矢が青白い溝の接続部へ突き刺さった。金属片が飛び散る。
光が消えた。
ほんの一瞬だった。
レヴァナントの身体を覆う魔力が薄くなる。
シグが踏み込もうとした、その時だった。
レヴァナントが長剣を引いた。
斬撃はシグにも、正面のエイリクにも向かわない。
壁際へ弓を向けたナイアへ、巨体が踏み込む。
「ナイア!」
考えるより先に、シグは走っていた。
ナイアが振り向くが、長剣は既に振り下ろされている。
シグは剣を振った。
《風撃》
横から叩きつけた風圧で長剣の軌道がずれる。
それでも止まらない。
シグはナイアとの間へ滑り込み、両手で握った剣を長剣へ合わせた。
二つの剣が激突した。
腕が沈み、足が床を滑る。
「ぐっ……!」
受け切れない。
シグは剣を押し返そうとしたが、長剣は受け止めた剣ごと力任せに振り抜かれた。
身体が浮いた。
視界が回り、背中から石床へ叩きつけられる。
肺から息が抜けた。
それでも長剣はナイアには届いていない。
「シグ!」
ナイアの声が飛んだ。
だが、駆け寄ってはこなかった。
すでに次の矢が弦に掛かっている。
レヴァナントが倒れたシグへ向き直るより早く、矢が放たれた。
一射目が剣を握る腕へ突き立つ。
続けて二射目。
肩口へ深く食い込み、巨体がわずかに仰け反った。
「今です!」
シグは咳き込みながら身体を起こした。
背中が痛む。息を吸うだけで胸の奥が軋んだ。
それでも剣を拾う。
エイリクはすでに大斧を引いていた。
「おう!」
敵の懐へ肩からぶつかり、そのまま押し込む。レヴァナントが青白い溝の集中する床から外れた。
ナイアが三射目を放つ。
矢が脇腹へ深く入った。
シグも立ち上がる。
まだ動ける。
刀身へ魔力を流し、斬る方向とは逆へ風圧を放つ。
反動で速度を増した剣が走る。
レヴァナントの長剣が上がるより早く、刃が胸の裂け目を走った。
勢いに引かれ、シグの身体まで前へ流れる。
踏み出した足でどうにか堪えたが、先ほど打ちつけた背中に痛みが走った。
その足元で、別の光が強まる。
「シグ、離れて!」
エルセリアの声に反応して横へ跳ぶ。
壁の反対側で大型設備の一つが低く唸った。
青白い光がその基部から床へ落ち、途切れた箇所を大きく迂回する。広間を横切った光は別の溝へ入り込み、レヴァナントの足元まで伸びる。
再び身体を覆う魔力が濃くなる。
シグは一瞬、そちらへ目を奪われた。
一本を断っても、別から来る。
レヴァナントが迫る。
シグは刃を受け流し、横へ抜けた。すぐ脇の床にも光が走っている。
敵を押し退ければいい。そう考えるより先に剣先を向けていた。
《風撃》
正面から風圧を受けたレヴァナントが数歩後退し、青白い溝から外れた。
「よし――」
広間の奥で別の設備が明滅する。
床を走る光が枝分かれし、敵の足元まで伸びた一本が強く輝く。
身体を覆う魔力が、また濃くなった。
「くそっ!」
シグは剣を構え直した。
もう一度、風を放とうとして――止める。
同じだ。これでは、さっきと何も変わらない。
剣先が僅かに下がった。
シグはレヴァナントではなく、その足元を見る。
何本もの青白い筋が、別々の方向から伸びている。
その間にも敵は剣を振るう。エイリクが正面へ戻ると、その肩越しをナイアの矢が抜けた。
シグは一歩退いた。
考えろ。
エルセリアは戦いながら視線を巡らせる。
壁際の接続部だけではない。
床からも、広間を囲む大型設備からも光が伸びていた。
「全部壊しますか?」
ナイアが次の矢を番える。
「駄目」
エルセリアは即答した。
「どこまで繋がってるか分からない。片っ端から壊して、何が起きるかもね」
「分かりました」
ナイアはそれ以上問わず、矢先をレヴァナントへ戻した。
エイリクが鼻を鳴らす。
「壊すだけじゃ駄目か」
シグは床を見た。
途切れた光の先にも、その先にも、青白い筋が走っている。
敵を斬る。
光を断つ。
敵を動かす。
どれも駄目だった。
倒し方を変えなければならない。
シグは無意識に右腕を掴んでいた。




