第三話:眠れる遺産/第四幕:光の集まる先
青白い光は消えないまま、四人の足元から通路の奥へ伸びていた。
シグは歩きながら壁を見る。ここへ来るまで、溝は扉や壁面の装置へ幾度も枝分かれしていた。だが今は違う。左右の壁から伸びた光が床へ降り、同じ方向へ流れている。
「これ……全部、奥へ向かってないか?」
ナイアが反対側の壁へ寄った。弓を持ったまま光の筋を目で追う。
「こちらもです」
エルセリアは少し先まで進み、床へ集まる何本もの溝を見渡した。
「別々の区画から、何かをここへ集めてる……そう見えるわね」
「何をだ?」
エイリクの問いに、エルセリアは首を振った。
「それは分からない。でも、この先に何かある」
通路は進むほど広くなった。天井も高く、壁にはシグの背丈を超える金属製の構造物が埋め込まれている。低い駆動音が石床から足裏へ伝わってきた。
エイリクが立ち止まった。
しばらく黙ったまま、《ハンターズセンス》で奥を探る。
「いる」
「三つ。さっきまでの奴より濃い。もう少し奥にも……何かいるな」
四人の歩みが遅くなる。
やがて、青白い光の向こうに人影が現れた。
シグは剣へ手を伸ばしかけ、動きを止める。
腐っていない。
三人の人間が立っていた。
肌に血色はなく、胸も動いていない。身につけた衣服は見覚えのない形をしていた。色褪せた布の上に細い金属片を重ね、幾何学的な意匠が胸元から肩へ走っている。
剣を持った二体が即座に左右へ分かれ、最後の一体だけが素手のまま後方で距離を保つ。正面から来ない。
エルセリアの声が低くなる。
「……レヴァナント」
シグはその名だけは聞いたことがあった。
死者でありながら、生前の技を残すことがあるアンデッド。
「服を見てください」
ナイアが矢を番えたまま言う。
エルセリアも頷く。
「現代のものじゃないわね。でも、考察は後よ」
三体が動いた。
速い。
「散れ!」
エイリクが踏み込む。
右の一体へ《ルーン・ブレイカー》を振るうが、レヴァナントは剣を合わせず身を沈めた。斧の下を抜けようとする。
ナイアの矢が肩へ刺さった。
それでも止まらない。
「痛みを無視してる!」
エルセリアが剣を抜く。
後方にいた個体が片腕を上げた。
赤い光が掌へ集まる。
エイリクが叫ぶ。
「魔法が来るぞ!」
火球が放たれた。
シグが横へ跳ぶ。熱が頬を撫で、背後の石床で炎が弾けた。
起き上がるより早く、剣士型の一体が迫る。
シグは《風撃の剣》を上げた。刃がぶつかり、手首に衝撃が走る。押し返そうとした瞬間、相手は剣を引いた。
次の斬撃が来る。
近すぎる。
シグは剣で受けなかった。
半歩潜り込み、相手の懐へ入る。左手で剣を持つ腕を押し退け、膝を腹へ叩き込んだ。
生者なら悶絶するはずの一撃にも反応がない。
ならば、倒す。
軸足を返し、足を払う。
レヴァナントの身体が傾いた。シグは倒れかけた肩を蹴り飛ばして距離を作る。
剣を構え直した時には、ナイアがこちらへ弓を向けているのが見えた。
すぐに身を沈めると、頭上を矢が通過し、レヴァナントの胸へ突き立った。
最初から避けると分かっていたような射線だった。
別の剣士型がナイアへ向きを変える。
矢を番える暇がない。
ナイアの指先に白い光が集まり、そのまま細長い矢の形を取った。
《エーテルアロー》
光の矢が至近距離から放たれ、レヴァナントの脚を貫く。
動きが崩れた。
エイリクの足元に魔力が集まる。
《プレデターステップ》
姿が消えたと思った次の瞬間、エイリクはレヴァナントの背後へ回り込んでいた。
大斧が横薙ぎに叩き込まれ、その胴を薙ぎ倒す。
「まだだ!」
エイリクの声と同時に、赤い光が再び灯る。
魔法を使う個体だった。
エルセリアは剣士型には目も向けず、後方の一体へ踏み込んだ。火球が解き放たれるより早く、《雷纏の剣》の青白い雷光が空気を打ち払った。
斬撃が腕を捉え、赤い火炎ごと床へ落とす。
シグも動く。
先ほど倒した個体が起き上がろうとしている。胸に刺さった矢にも血は滲んでいない。
剣を握り直し、首ではなく脚を狙った。
踏み込んだ斬撃で膝を断つ。骨を裂く手応えが、悲鳴の代わりに返ってきた。
倒れたところへ《風撃》を叩き込み、壁へ激突させた。
少し離れたところでは、先ほど薙ぎ倒した剣士型が再び立ち上がっていた。エイリクは振り下ろされた剣を大斧の柄で受け、そのまま身体ごと押し返して床へ叩き伏せる。
残った魔法使い型が再び腕を上げる。ナイアの矢がその腕を弾き、踏み込んだエルセリアの剣が胴を捉えた。
赤い光が消える。
シグは荒くなった呼吸を整えながら、倒れた三体を見る。
三体の死者は、今度こそ動きを止めた。
「……今までの奴とは違った」
「ええ」
エルセリアは剣についた埃を払った。
「戦い方が残ってる」
ナイアは倒れた個体の衣服へ視線を落とした。
「この遺跡と同じ意匠があります」
胸元の金属片には、壁面で何度も見た幾何学模様が刻まれていた。
誰も、それ以上は言わなかった。
◇
さらに進んだ先で、通路が途切れた。
そこにあったのは、巨大な扉だった。
見上げなければ全体が視界に入らない。これまで見たどの扉よりも大きく、左右の壁や床を走ってきた青白い溝が、すべてその縁へ集まっている。
エルセリアは近づいたが、手は伸ばさない。
ナイアは背後へ弓を向ける。
エイリクも大斧を構えた。左腕には《エーテルアイギス》が残っている。
シグも剣の柄へ手を添える。
その時。
扉の向こうから、低い音が響いた。
ナイアの表情が変わる。
「……この音です」
前にも聞いた音。
今度は壁一枚を隔てた向こうから、石床まで震わせている。
エイリクの表情が引き締まった。
「いるな」
何がいるのかまでは言わなかった。
青白い光は巨大な扉へ集まり続けている。
エルセリアが剣を握り直した。
「行くわよ」
誰も異を唱えなかった。
重い地響きとともに、巨大な扉がゆっくりと左右へ開き始めた。
四人は武器を構えたまま、その先へ進んだ。




