第三話:眠れる遺産/第二幕:エーテルアイギス
足元を走った光が消えてからも、四人はしばらくその場を動かなかった。
エイリクは通路の奥へ身体を向けたまま、《ルーン・ブレイカー》から手を離さない。ナイアも弓を下ろさず、光が消えた先を見ている。
やがてエルセリアが口を開いた。
「……何も起きないわね」
「今のところはな」
エイリクが答える。
エルセリアは足元の溝を避けながら、壁際の窪みへ近づいた。
「少し見ていきたいわ」
「触るなって言ったのはお前だぞ」
「見るだけよ」
そう言いながら、エルセリアはすでにしゃがみ込んでいた。
シグも周囲を見回す。先ほど通ってきた区画より天井が高い。左右の壁には同じ大きさの窪みが並び、その内側には金属製の架台らしきものが残っている。大半は黒く変色し、崩れた部品が床へ散らばっていた。
四人は間隔を空け、少しずつ奥へ進んだ。
シグは窪みを一つずつ覗いていく。最初の二つには何もない。次には細長い金属片が残っていたが、中央から折れていた。その先では、何かの柄らしきものが架台へ固定されたまま腐食している。
「これは?」
ナイアが足を止めた。
壁に掛かっていたのは、弓ほどの長さがある湾曲した金属だった。エルセリアが近づいて表面を見る。
「分からない。術式らしいものは残ってるけど、途中で切れてる」
「使えそうですか?」
「無理ね」
ナイアはそれ以上触れず、次の窪みへ移った。
さらに進むと、床に小さな筒状の物体がいくつも転がっていた。エイリクが一つを靴先で転がす。乾いた音が狭い空間に響いた。
「武器庫か?」
「そうかもしれないけど、断定はできないわ」
エルセリアは壁の架台を見上げた。
「少なくとも、何かをまとめて置いていた場所ではあるでしょうね」
シグは足元の筒を避けた。どれも何に使うものだったのか分からない。形だけなら今の道具に似たものもあるのに、刻まれた細かな線や継ぎ目の位置が違っている。
奥へ進むほど残されたものは増えたが、使えそうなものはない。ナイアが確かめようとした金属片は端から崩れ、エルセリアが調べた板状の装置も術式らしい線が途中で焼け切れていた。
エイリクは途中から、壊れた品にはほとんど足を止めなくなった。
「これも駄目か」
「駄目ね」
「次は?」
「自分で見なさいよ」
「見ても分からん」
エルセリアが返事をせず歩き出す。エイリクも気にせずついていった。
シグはその後ろで、ふと一つの窪みへ目を留めた。
黒ずんだ篭手が置かれている。
珍しい形ではなかった。だが、二つ先にも同じものがあった。さらにその先にも。
「エルセリア」
シグが呼び止める。
「これ、同じものじゃないか?」
エルセリアが戻ってきた。
一つ目を見てから隣へ移り、そのさらに先も確かめる。ナイアも壁際を歩き、残っている篭手を数えていった。
「少なくとも五つありますね」
「壊れたものまで含めれば、もっとありそう」
エルセリアが一つを覗き込む。
「誰か一人のために作ったものじゃなさそうね」
シグは並んだ窪みを見る。
「同じものを何個も作ってたってことか?」
「その可能性は高いわ」
「今でも作れるのか?」
エルセリアは篭手の表面を見たまま首を振った。
「無理でしょうね。術式の組み方が今の紋章魔具と違うもの。壊れた部分を直すだけでも簡単じゃないわ」
シグはもう一度、壁際を見渡した。今では作れないものが、ここには同じ形でいくつも残っている。
エルセリアは一つずつ状態を確かめていく。最初の篭手は手首近くで割れていた。二つ目は形こそ残っているものの、表面の細い線が黒く焼けている。
三つ目を持ち上げたところで、エルセリアの手が止まった。
「……これは」
他より損傷が少ない。
汚れを軽く払うと、黒い金属の下から細かな線が現れた。手首から甲へ伸びるそれは、途切れずに残っている。
エルセリアは裏返し、内側を覗き込んだ。
「魔力を流し込めるようになってるみたい」
架台の脇にも何かが刻まれていた。
指で埃を払い、顔を近づける。
「エーテル……アイギス」
「名前か?」
「たぶんね。そこだけなら読める」
エイリクが横から手を出した。
「貸せ」
「壊さないでよ」
「俺を何だと思ってる」
エルセリアは一瞬ためらってから篭手を渡した。
エイリクが左腕へ装着する。何度か手首を動かしたあと、腕を前へ向けた。
「魔力を入れればいいんだな」
「少しずつよ」
篭手に青白い光が走った。
空気が揺らぎ、腕の前へ半透明の膜が広がる。
シグは目を見開いた。
盾ほどの大きさになったところで広がりが止まり、数秒後には薄れて消えた。
「……盾?」
エイリクがもう一度障壁を出す。
ナイアが床の金属片を拾い、軽く投げた。乾いた音を立てて弾かれる。
エイリクは今度は《ルーン・ブレイカー》を両手で構えた。篭手を着けたまま斧を振り、手首を返す。
「邪魔にはならんな」
口元がわずかに上がった。
◇
そのまま区画の奥を調べていた時だった。
シグの視界の端で、壁の一部が青白く光った。
「エルセリア」
声を上げた直後、黒ずんでいた装置がこちらを向く。
「伏せろ!」
シグが咄嗟に身を沈める。
次の瞬間、眩い光の塊が空間を切り裂いて放たれる。
エイリクが左腕を突き出す。《エーテルアイギス》の障壁が開き、魔力弾と正面からぶつかった。
重い衝撃が響き、エイリクの靴底が石床を滑った。篭手を着けた左腕が大きく押し戻される。それでも障壁は抜かれなかった。
ナイアが即座に弓を向けたが、二発目は来ない。
エイリクは腕を下ろし、肩を一度回した。
「……止めても、衝撃は残るか」
エルセリアが篭手を確認する。
「受けた力を消してるわけじゃなさそうね。障壁全体へ散らしてるのかも」
「御の字だ」
「使い続ければ魔力も食うと思うわよ」
エイリクは篭手を外さなかった。
「なら、受ける時だけ使う」
その時だった。
床を走る青白い溝が、一斉に輝いた。
四人が動きを止める。
今まで光を失っていた壁面の装置群にも次々と灯りが入り、低い駆動音が腹の底を揺らすように響き始める。一つの音が鳴ると、その奥で別の何かが動いた。
歯車が噛み合うような異音が連鎖していく。
暗がりの向こうへ向かって、音が続いていく。
エルセリアが顔を上げた。
「……動き始めた」
低い駆動音は止まらない。
暗がりのさらに奥へ向かって、一つ、また一つと続いていった。




