第三話:眠れる遺産/第一幕:未知の区画へ
翌朝、シグたちは四人で集落を出た。
ラッサンとフリスカは治療所に残っている。傷はまだ深いものの、命に別状はないという。少なくとも今日、遺跡へ戻ることはない。
森へ入ってしばらくすると、先頭を歩いていたナイアが振り返らずに口を開いた。
「今日は原因を探すことを優先します。分からないものには触れないでください。危険だと思ったら、すぐに戻ります」
「昨日と同じだな」
「はい。ですから、今日もお願いします」
エイリクが肩をすくめた。
前を歩く二人の背中を見ながら、エルセリアが小さく息を吐いた。
遺跡へ着くと、四人は足を止めることなく内部へ入った。
外の湿った空気が遠ざかり、乾いた石と微かな腐臭が鼻につく。壁と床を走る青白い溝は今日も淡い光を放っていた。
エイリクが先頭に立つ。左手の甲が淡く光り、《狩猟王の刻印》が浮かび上がった。
《ハンターズセンス》で周辺の気配を探る。
「前にはいない。少なくとも近くにはな」
ナイアは分岐へ差しかかるたびに足を止め、奥へ視線を走らせる。時には壁際へ寄り、弓を構えたまま角の向こうを窺った。エルセリアは青白い光の走りを追いながら進んでいる。触れることはせず、扉や壁面に刻まれた線だけを目で確かめていた。
三人とも、見ている場所が違う。
シグも周囲を見る。
昨日、ラッサンを支えながら通った曲がり角が見えた。少し先には、倒れたアンデッドへ《風撃》を放った場所もある。
今日は肩に人一人分の重さはない。
シグは前の三人だけでなく、背後にも目を向けた。通り過ぎた分岐の奥は暗い。何かが出てくれば、帰る時にはそこが正面になる。
「エイリク。後ろの分岐、少し見てくる」
エイリクが振り返った。
「……ああ。離れすぎるなよ」
「分かった」
数歩戻り、角から先を確認する。動くものはない。シグは三人の背中を追って足を速めた。
やがて、昨日ナイアたちが引き返した地点まで来た。
ナイアが足を止める。
「ここから先は、私もほとんど分かりません」
エイリクが大斧を握り直した。
「なら、ここからが本番か」
四人は速度を落とした。
進むにつれ、青白い溝の数が増えていく。一本だった光が途中で枝分かれし、床から壁へ、壁から扉へと複雑に伸びていた。その一部は完全に光を失い、黒ずんだ溝と化している。
エルセリアが立ち止まった。
三人も足を止める。エルセリアは壁へ近づき、光へ触れない距離から目で辿っていく。その先には、壁から張り出した箱のような金属の塊があった。表面には細かな溝が刻まれているが、こちらには光がない。
「こっちは止まってる。でも……」
少し離れた場所では、青白い光が床から扉の縁へ向かってゆっくりと明滅していた。
エルセリアはそちらへ移動する。
「全部が止まってるわけじゃない。動いてる場所と、止まってる場所がある」
シグは光の先を見る。
「何が動かしてるんだ?」
「分からないわ。これが何をしてるのかもね」
エルセリアは立ち上がった。
「だから触らないで」
「最初からそのつもりだ」
そう言ったエルセリア自身が、もう一度だけ金属の塊を振り返った。
エイリクが先へ進む。
角を曲がったところで、その足が止まった。
「来るぞ」
暗がりから、足を引きずる音がした。
現れたのは三体。乾ききった皮膚を骨に張りつかせた人間の死体が、通路いっぱいに広がっている。
エイリクが大斧を構えた。
「ここじゃ並べんな」
言うなり、一体へ踏み込んだ。
アンデッドが腕を振り上げる。振り下ろされるより早く、《ルーン・ブレイカー》が横薙ぎに胴を捉えた。死体は壁へ叩きつけられ、石床へ転がる。
残る二体がその脇を抜けようとした。
シグは剣を抜く。
一歩出ようとして、横目にナイアを見た。
すでに矢を番えている。だが、倒れた死体が通路の中央へ転がり、その向こうから迫るアンデッドと重なっていた。
シグは剣先を下げる。
狙ったのは、立っている方ではない。
《風撃》
風圧を受けた死体が石床を滑り、壁際へ転がった。
次の瞬間、その脇を矢が抜けた。
額を射抜かれたアンデッドが仰向けに倒れる。
だが、その身体が床へ落ちるより早く、最後の一体が脇を抜けた。
近い。
シグは喉の奥で息を止め、剣を構えた。
「右へ」
ナイアの短い声が飛ぶ。
シグは右へ踏み出した。
アンデッドの顔が動きを追う。伸びてきた腕を剣の腹で受け、外へ流す。爪先が胸元を掠めるように抜けた。
そのまま半歩横へ。
シグが半歩横へ抜ける。
その脇を矢が走り、アンデッドの額へ突き立った。
勢いを失った身体が前へ崩れる。シグは巻き込まれないよう一歩退き、剣を構えたまま倒れた三体を見た。
動かない。
それでも剣は収めなかった。
エイリクは通路の奥を見ている。ナイアも次の矢へ手を伸ばしたまま、弓を下ろしていない。
シグは背後を振り返った。
エルセリアが剣の柄へ手を置き、通ってきた角を見ていた。
しばらく待つ。
新しい足音は聞こえない。
エルセリアが剣の柄から手を離す。それを見て、ナイアも弓を下げた。
「行きましょう」
◇
やがて通路の幅が広がり、床の石畳が一段低くなっている区画へと出た。
壁面には、人一人が収まりそうな直方体の窪みが規則正しく並んでいる。いくつかには黒ずんだ金属の残骸が残り、床にも原型の分からない破片が散らばっていた。
エルセリアが一つへ近づき、しゃがみ込んで足元の破片に視線を落とした。
「……ここ、ただの通路じゃないわね」
シグも奥を覗き込む。
同じ窪みが暗がりの向こうまで続いている。残された金属片を見ても、それが何に使われていたものなのか、シグには分からなかった。
四人は警戒を崩さないまま、その区画へ足を踏み入れた。
等間隔に並ぶ窪みは、暗がりの先まで続いていた。
その時だった。
足元を走る青白い光が、一度だけ強く瞬いた。
光が壁を這う。
一つ目の窪みを通り過ぎ、二つ目、三つ目と、奥に向かって順に瞬く。
「……止まって」
エルセリアの声に、三人の足が止まった。
やがて光は暗がりの奥まで走り、そこで止まった。
誰もすぐには動かなかった。
しばらく待っても、それ以上は何も起こらなかった。




