第二話:合流する四人/第四幕:四人で進む先
集落へ戻る頃には、森の上に傾いた日が枝葉の隙間から細く差し込んでいた。
ラッサンとフリスカはそのまま治療所へ運ばれた。ナイアは二人が寝台へ移されるまで付き添い、傷を診た男の説明を黙って聞いていた。
「命は助かる。だが、すぐに歩き回れるような傷じゃない」
ラッサンは腿を深く裂かれ、出血も多かった。筋肉まで傷んでいるらしい。フリスカも脇腹の刺し傷が深く、しばらくは戦える状態ではない。
ナイアは短く息を吐いた。
「分かりました。お願いします」
二人の治療が続く中、ナイアはようやく振り返った。
エルセリアがその顔を見て、少し眉を寄せる。
「ずいぶん疲れた顔してるわね」
「誰かさんたちが来るまで、少し忙しかったので」
横からエイリクが矢筒を見た。
「ずいぶん使ったな」
「誰かさんたちが来るのが遅かったので」
「待たなかったのはお前だろ」
ナイアがほんの少し口元を緩めた。
「それはそうですね」
シグは三人のやり取りを黙って見ていた。声の調子も、立つ距離も、さっき遺跡の中で見た動きとどこか似ている。確かめ合わなくても、相手が何をするのか分かっているようだった。
エルセリアがシグへ顔を向ける。
「紹介がまだだったわね。シグ・フリューゲン。今は私たちと一緒に旅をしてる」
ナイアの視線がシグへ移った。
「ナイア・ラウフェリアです」
「シグです。さっきは、その……」
言いかけて、シグはやめた。何を言えばいいのか、自分でもまとまらなかった。
ナイアは気にした様子もなく、腰の《風撃の剣》へ一瞬だけ目を向ける。
「あの風、あなたの剣の力ですか?」
「はい」
「そうですか」
それだけ聞くと、ナイアは治療所の奥を一度見てから歩き出した。
「少し、確認したいことがあります」
◇
詰所の卓上には、粗い見取り図が広げられていた。
ラッサンを支えていた肩には、まだ鈍い重さが残っている。シグは一度だけ肩を回してから、見取り図へ目を落とした。
ナイアが炭筆で線を足す。シグたちが駆け抜けた場所よりさらに奥へ、枝分かれする通路がいくつも伸びていた。
エイリクが指先でその一つを叩く。
「ここからも出てきたんだな」
「はい。戻る途中で二方向から来ました」
「こっちは?」
「まだ見ていません」
ナイアはそう答えてから、別の場所へ印を付けた。
「この辺りから先は、三人で進むには危険でした」
エイリクは図を見たまま、通路の幅や分岐の位置を確かめていく。
エルセリアは別の場所を指した。
「青白い溝は?」
「見える範囲では、この先にも続いていました」
エルセリアの指が大扉の位置へ移る。
「扉の向こうまで?」
「はい」
エルセリアはしばらく図を見つめた。
「装飾じゃないでしょうね。まだ何かが動いてる」
シグが顔を上げる。
「何かって?」
「そこまでは分からないわ」
エルセリアは首を振った。
「扉が勝手に開いた理由も、アンデッドと関係があるのかも、今の情報だけじゃ判断できない」
ナイアが炭筆を置いた。
「入口近くの個体を倒すだけでは、終わりそうにありません」
「だろうな」
エイリクが腕を組む。
「奥から出てくるなら、どこかまでは見に行くしかない」
「ただし、今日みたいには進めません」
「当然だ」
短い返事だった。
シグは卓上の見取り図へ目を落とした。
同じ見取り図を囲んでいても、三人が見ているものは違っていた。
それでも、見取り図の中央には見覚えのある曲がり角があった。ラッサンを支えながら通った場所だ。その少し先には、《風撃》を使った場所もある。
シグは無意識に、その辺りへ指を寄せた。
「この辺りは――」
声を出しかけたところで、ナイアがこちらを見た。少しだけ間が空く。
「あなたはどう思う?」
シグは一瞬、ナイアを見る。エルセリアでも、エイリクでもない。自分に聞いている。
シグは卓上の見取り図へ視線を落とした。そこに描かれているのは、ついさっき自分も走り、剣を振るった場所だった。
「俺たちを追ってきた奴ら、ずっと同じ方向から来てたわけじゃない」
シグは見取り図の二つの通路を指した。
「ここでも出てきたし、その先でも横から来た。でも、外へ出てからは追ってこなかった」
エイリクの指が止まった。
「なら、入口だけ塞いでも終わらんな」
「あるいは、出られないのかもしれないわ」
エルセリアが見取り図へ目を戻した。
「私が奥で見た時も同じでした」
ナイアが補足する。
見取り図の上には、ナイアが書き足した線や印が増えていた。エイリクの指はその間の通路を辿っている。
シグも、さっきまで指を寄せるだけだった場所へ手を置いた。
「今日はもう遺跡には戻れないわね」
エルセリアが見取り図から顔を上げた。
「続きは明日」
「ええ」
ナイアが頷く。
「今度は私たちも行くわ」
エイリクが当然のように言う。
「そのつもりで来たからな」
ナイアは見取り図から顔を上げ、シグを見た。
「シグ」
「はい」
「明日は、今日より奥へ入ることになります」
「分かってます」
ナイアは少しだけ目を細めた。
「ええ。お願いします」
ナイアは見取り図を卓上に残した。
まだ先の描かれていない通路が、紙の端で途切れていた。




