第二話:合流する四人/第三幕:退路を開く
遺跡の入口には、真新しい足跡が残っていた。
シグはエルセリアとエイリクの後を追い、黒灰色の石壁の内側へ足を踏み入れる。外の湿った森の匂いが薄れ、代わりに乾いた埃と腐臭が鼻につく。壁と床には青白い光を放つ細い溝が走っていた。
エルセリアが歩調をわずかに緩めた。
「これが……」
指先が壁へ伸びかける。その前をエイリクが通り過ぎた。
「見るのは後だ」
エルセリアは手を引いた。
「分かってるわよ」
通路の先には、倒れたアンデッドが転がっていた。頭や脚に矢が刺さったものもいれば、首を斬られたものもいる。エイリクが足を止め、床へ屈んだ。
「血だ」
シグも視線を落とす。埃の上に赤黒い滴が続いている。まだ乾ききっていない。その先から金属のぶつかる音が響き、続いて女の声が聞こえた。
「下がって!」
エイリクが走り出した。
「ナイアだ」
エルセリアも続く。シグは《風撃の剣》の柄を握り、二人を追った。
◇
曲がり角を抜けた先で、アンデッドが壁へ叩きつけられていた。その向こうに弓を構えたエルフがいる。すぐ傍では二人の男が壁際に寄っていた。一人は片脚を引きずり、もう一人は脇腹を押さえている。どちらの服にも血が滲んでいた。
ナイアが次の矢を番える。
「エイリクさん……!」
視線がすぐにエルセリアへ移る。
「話は後よ」
エルセリアは剣を抜きながら、負傷した二人へ駆け寄った。ナイアも頷くだけで済ませる。
「二人とも重傷です。奥からまだ来ます」
エイリクがナイアの横を抜け、アンデッドの来る方向へ向かう。エルセリアは脇腹を押さえている男の腕を取り、自分の肩へ回した。
「歩ける?」
「何とか」
ナイアはすでにエイリクの背後へ位置を変えていた。斧が一体を押し返し、その横を抜けようとした別の個体へ矢が突き刺さる。
シグの前には、片脚を引きずる男が残っている。考えるより先に体が動いた。
「肩、貸します」
「悪い……」
男の腕を自分の肩へ回す。体重がかかり、シグの足が半歩沈んだ。服越しに伝わる身体は熱く、荒い呼吸が耳元にかかる。
「シグ!」
エイリクの声が飛ぶ。振り返ると、横の通路から一体が迫っていた。男を支えたままでは踏み込んで斬れない。シグは《風撃の剣》を抜き、刀身へ魔力を流して前へ突き出した。
風圧がアンデッドの胸を打ち、横へ押し流す。倒れた体が床を滑った直後、矢が飛び、その額を射抜いた。
シグが顔を上げると、ナイアがこちらを見ていた。
ほんの一瞬だった。
彼女はすぐに次の矢を番え、奥へ向き直る。
「動けるうちに下がるぞ!」
エイリクの声で全員が動いた。シグは男を支えながら来た道を戻る。後ろではエイリクが迫るアンデッドを食い止め、その背後からナイアの矢が飛ぶ。
「右から来ます!」
ナイアの声にエイリクが一歩引く。細い通路から現れたアンデッドへ斧を叩き込み、そのまま進路を塞ぐように倒れたアンデッドを蹴り飛ばした。
「進め!」
シグは男を前へ押すようにして歩く。
「まだ行けますか?」
「……行くしかないだろ」
苦しげに答えながらも、男は左脚で床を蹴った。前方では、エルセリアが支えているもう一人の足が止まりかける。腰へ腕を回して支え直したが、その背後へ別のアンデッドが迫った。
シグは床へ剣先を向けた。足元には動かなくなったアンデッドが転がっている。
《風撃》。
風圧を受けた身体が床を滑り、迫っていたアンデッドの脚へぶつかった。二体がもつれるように折り重なる。その隙にエルセリアが負傷者を連れて距離を取り、シグもすぐに男を支え直した。
青白い光の続く通路を抜け、大扉を越える。入口までは遠くないはずなのに、背後の足音は途切れなかった。
「来るぞ!」
エイリクの声と同時に、石床を踏む音が急速に大きくなる。シグが振り返る。
四体。その後ろにも影がある。
「シグ、先に行け!」
エイリクが《ルーン・ブレイカー》を構えた。ナイアも足を止める。
「ここは私たちが」
シグは一瞬だけ二人を見た。
「分かった」
男の腕を強く引き、入口へ向かう。エルセリアも男を支えて入口へ急いだ。
背後で重い衝撃音が響く。エイリクの斧が先頭の一体を横から薙ぎ払い、後続ごと転倒させた。起き上がろうとする別の個体の膝へ、ナイアの矢が突き刺さる。
「ナイア!」
「はい!」
二人も下がり、シグたちに合流する。そのまま全員が遺跡の外へ出ると、森の湿った空気が頬へ触れた。
「もう少し離れるぞ!」
エイリクの声に従い、そのまま森の中を進む。シグの肩にかかる男の体重がさらに重くなり、自分の息も上がっていた。横ではもう一人も足をもつれさせながら、それでもエルセリアに支えられて歩いていた。
しばらく進んでから、エイリクが立ち止まった。全員が息を潜める。追ってくる足音はない。
そこでようやくナイアが弓を下ろした。荒い呼吸を整えながら、まずエルセリアを見る。次にエイリク。そして少し遅れて、男を支えているシグへ視線を向けた。
目が合った。
シグが何か言うより先に、ナイアは負傷した二人へ視線を戻した。
「まず二人を集落へ連れていきます」




