第二話:合流する四人/第二幕:退く判断
ナイアは弓へ伸ばした手を止めず、扉の向こうを見据えた。
昨日までは閉じていた扉が、今は人ひとりが十分に通れる幅まで開いている。青白い溝の光が、その隙間から奥へ続いていた。
「ラッサン、入口側を」
「分かった」
片手剣を抜いた男が小盾を構え、背後へ目を向ける。
「フリスカ、右をお願いします」
「了解」
槍を持つもう一人が、通路の脇の暗がりへ穂先を向けた。
三人とも動かず、耳を澄ませる。
床を擦る音は一度きりだった。代わりに、どこか遠くで硬いもの同士が触れ合うような音が響き、すぐに消えた。
ナイアは矢を番えたまま、扉へ近づいた。
床にも壁にも、青白い光が走っている。昨日見たものと同じだが、扉の向こうでは枝分かれが増えていた。
足元には別の痕跡もある。
「昨日は、こんな跡なかったですよね」
フリスカが槍の石突きで床を示した。
埃の上にいくつもの足跡が重なっている。裸足に近いもの、靴底の形が崩れたもの、その間には何かを引きずった長い筋が残っていた。
「奥から来てるのか?」
ナイアは腰を落とし、跡の向きを確かめた。
「……ほとんどは」
開いた扉へ一度だけ目を戻す。
「進みます。ただし、昨日より状況が変わっています。少しでも戻れないと感じたら、そこで終わりにします」
ラッサンが小盾の位置を直した。
「奥まで行くのが仕事じゃない、ってことだな」
「はい。今日は分かるところまでで十分です」
三人は扉を越えた。
◇
奥へ進むにつれて、遺跡の様子は少しずつ変わっていった。
通路そのものは広い。三人が並んでも余裕があるほどだったが、左右には用途の分からない窪みや、壁から突き出した石の構造物が並んでいる。どれも継ぎ目らしいものが見当たらず、壁そのものから形を変えて突き出したように見えた。
そのいくつかは壊れていた。
床に散らばった破片の上を、複数の足跡が踏み荒らしている。
フリスカが小声で言った。
「壊したのは、あいつらか?」
「分かりません」
ナイアは足を止めなかった。
「壊れていた時期も判断できません。今は覚えておくだけにしましょう」
曲がり角の先で、ラッサンが拳を上げた。
三人が止まる。
前方の暗がりから、一体の人影が現れた。
乾ききった皮膚が骨へ張りつき、首は片側へ傾いている。昨日まで見た腐乱した死体より、ずっと古い。
さらにその後ろから二体。
うち一体は、錆びた短剣を握っていた。
「武器持ちか」
ラッサンが盾を前へ出す。
ナイアは短剣を持つ個体の肩へ矢を放った。
衝撃で腕が外側へ弾かれる。
その隙にラッサンが踏み込み、盾で胸を押し返してから首へ剣を叩き込んだ。
フリスカの槍が二体目の膝を貫く。体勢を崩したところへ、ナイアの次の矢が額へ突き立った。
残る一体も大きな手間はかからなかった。
倒れた死体を前に、三人はすぐには動かなかった。
奥から音がする。
一つではない。
ラッサンが眉を寄せた。
「増えてるな」
ナイアも同じことを感じていた。
昨日は入口近くで数体ずつだった。ここでは、倒した直後から別の足音が続いている。
右手の細い通路から二体。
さらに前方からも影が見えた。
「下がりながら倒します」
三人は来た道へ少しずつ後退した。
ナイアの矢が先頭の膝を捉え、ラッサンが盾で止める。フリスカの槍がその脇から伸び、倒れた個体を仕留めた。
一体ずつなら対応できる。
それでも、数が切れない。
前方にいたものを倒した直後、左側の開口部から腕が伸びた。
「横!」
ナイアの声に、フリスカが槍を振り向ける。
フリスカは伸びてきた腕をかわし、その胸へ槍を押し込んだ。
その奥でも何かが動いた。
ラッサンが舌打ちした。
「こっちからも来るぞ」
前だけではない。
奥へ進めば、さらに分岐が増える。
ナイアは一度、青白く光る通路の先を見た。
原因へ近づける可能性はある。
それでも、今ここで進む理由にはならなかった。
「戻ります」
フリスカが振り返る。
「もう?」
「十分です。これ以上は三人で見る範囲ではありません」
「了解。俺が後ろを見る」
ラッサンが盾を構え直し、ナイアは退路へ向き直った。
その時だった。
金属が擦れる音がして、背後から低い唸り声が上がる。
「ラッサン!」
振り返った時には、武器を持ったアンデッドが横の通路から飛び出していた。
ラッサンが盾を向ける。
錆びた刃がその下へ滑り込み、腿へ食い込んだ。
「ぐっ……!」
ラッサンの膝が崩れる。
ナイアが即座に矢を放ち、アンデッドの側頭部を射抜いた。
「ラッサン!」
フリスカが駆け寄る。
「来るな!」
ラッサンが叫んだが、遅かった。
ラッサンを支えようと踏み込んだフリスカの死角から、別の個体が這い出るように現れる。
長い刃が脇腹へ突き込まれた。
「っ!」
フリスカの体が前へ折れる。
ナイアは弓を引き絞り、立て続けに矢を放つ。
一射で顔面を射抜き、二射目が喉元へ深く突き刺さった。
「二人とも、動けますか?」
ナイアはラッサンの腿を見た。
血が止まらない。
「右脚は……無理だな」
ラッサンが壁へ背を預ける。
「フリスカは?」
フリスカは脇腹を押さえながら立っていたが、息が浅い。
「俺は歩ける。たぶん」
ナイアは弓を下ろし、ラッサンの傷口へ手を当てた。魔力を流すと淡い光が掌から広がり、腿を覆っていく。
完全に治している時間はない。
流れ出ていた血が弱まったところで手を離し、今度はフリスカの脇腹へ触れる。こちらも出血を抑えるだけで切り上げた。
「応急処置だけです。二人とも、もう戦わなくていいです」
ナイアはラッサンの腕を肩へ回した。
「ここからは戻るだけです」
遺跡の調査は、もう終わりだった。
奥に何があるのかも、アンデッドがどこまでいるのかも、今はどうでもいい。
「フリスカ、壁側を使ってください」
「分かった」
数歩進む。
後ろから足音。
ナイアはラッサンを壁へ預け、振り返って矢を放つ。
一体倒す。
その間、二人の移動は止まる。
「行きます」
再びラッサンを支える。
今度はフリスカの足が鈍る。
また後ろから音が増える。
一人ならもっと速く動ける。戦うだけなら、まだ余裕もある。
けれど、今は違う。
曲がり角へ差しかかったところで、ナイアは足を止めた。
前方にも、一体の人影がある。その後ろから、さらにもう一体が現れた。
背後からも、複数の足音が近づいてくる。
ラッサンは片脚を引きずり、フリスカは脇腹を押さえつけたまま壁へ寄りかかっていた。
ナイアは二人の位置を確かめ、矢を番える。
倒せるかどうかではない。
二人を連れて、ここを抜けられるか。




