第二話:合流する四人/第一幕:すれ違う足取り
国境の検問所は、街道を塞ぐようには造られていなかった。
道の両側に木造の詰所が並び、その間を荷馬車や旅人が順番に行き交う。背後には深い森が広がり、セリア森王国へ続く街道は木々の間へ吸い込まれるように伸びていた。
シグたちの番が来る。
「身分を確認できるものを」
詰所の兵士に言われ、シグは懐へ手を入れた。
取り出したのは、バルサで受け取った冒険者証だった。兵士が薄い金属板を受け取り、表面の文字を確かめる。
「シグ・フリューゲン。冒険者か」
「はい」
返された証を受け取る。
それだけのやり取りだった。
シグは冒険者証を懐へ戻し、エルセリアたちと検問所を抜けた。数歩進んでから、無意識に胸元へ触れる。金属板の硬さが服越しに指へ返ってきた。
以前なら、国境で身分を問われた時に差し出していたのは王国騎士団に繋がるものだった。
今は違う。
足を止めず、そのまま森へ続く道を歩いた。
◇
セリア森王国へ入って最初に気づいたのは、森が遠ざからないことだった。
街道は十分な幅を保ちながらも、必要以上に木を切り倒していない。太い幹を避けるように緩く曲がり、頭上には枝が張り出している。途中で通り過ぎた小さな集落も同じだった。家々は木々の隙間を選ぶように建ち、屋根のすぐ横から大木が伸びている。軒下には束ねた薬草や獣の皮が吊り下げられ、道端では弓の弦や罠を売る店まで見かけた。
「ずっとこんな感じなのか?」
シグが尋ねると、エイリクが周囲を見回した。
「場所による。だが、この辺りじゃ珍しくない」
前を歩いていたエルセリアが振り返る。
「ナイアもこの国の出身よ」
「やっぱりそうなんだ」
伝言を聞いた時から想像はしていたが、本人について知っていることはまだ少ない。
「どんな人?」
「会えば分かるわ」
「それ、何も教えてないだろ」
シグが言うと、エイリクが鼻で笑った。
「弓の腕は確かだ。森の中なら俺より動ける」
「エイリクより?」
思わず聞き返すと、エイリクは面倒臭そうに肩を揺すった。
「何だ、その反応は」
「いや、あの索敵を見たあとだから」
ブルータルウルサスと遭遇する前、エイリクは森の中にいる魔獣の位置をシグよりずっと早く捉えていた。そのエイリクが自分より上だと言うなら、ただの弓使いではない。
「ほかには?」
シグが聞くと、エルセリアは少し考えた。
「頑固なところがあるわね」
「お前が言うな」
エイリクが即座に返す。エルセリアが横目で睨みつけたが、それ以上は続かなかった。
道中、三人はギルドの出張所へ立ち寄った。バルサを出る前に確認した情報に、新しく書き足された注意書きが加わっている。南部の一部で夜間の通行を避けること。森へ入る際には単独行動を控えること。アンデッドが確認された範囲も広がっていた。
シグは掲示された地図を見て、自分たちが向かう集落までの道を指で辿る。
「この道なら通れる?」
受付の職員が頷いた。
「今のところは。ただ、街道を外れないでください。昨日もこの近くで一体見つかっています」
印は目的地からそう遠くなかった。三人はそこで水だけ補充し、先を急いだ。
◇
集落へ着いた時には、すでに昼を過ぎていた。
広場には武装した冒険者が何人かおり、警備隊の徽章をつけた男たちも行き交っているが、聞いていた特徴に当てはまりそうな女性の姿はない。エルセリアがそのまま警備隊の詰所へ向かった。
「ナイア・ラウフェリアを探しています」
中にいた役人が顔を上げる。
「ナイア様のお知り合いですか?」
シグはその呼び方に引っかかった。隣のエイリクも聞こえていたはずだが、特に反応はしていない。
エルセリアも問い返さず、要件を告げる。
「エルセリア・ヴァーレンティアが来たと伝えてもらえれば分かります」
「ああ、あなたが」
役人は納得したように頷いたものの、すぐに困った顔になった。
「申し訳ありません。ナイア様なら今朝、遺跡へ向かわれました」
「もう入ったの?」
「はい。冒険者を二人連れて。昨日の調査で、アンデッドが遺跡の内部から出ていることが確認されまして」
エイリクが小さく息を吐いた。
「待つわけないか、あいつが」
その口調に驚きはない。エルセリアは役人へ一歩近づいた。
「どこまで調べる予定ですか?」
「前回より奥へ進むと聞いています。ただ、古代イル=ラミナ帝群に詳しい者はまだ見つかっていません。危険なら引き返すとは仰っていましたが」
エルセリアとエイリクの視線が交わる。
「行きましょう」
「ああ」
決まるまでが早かった。シグは背負っていた荷を持ち直す。
役人が心配そうに三人の顔を見た。
「休まなくて大丈夫ですか? ここから遺跡までは森を歩きます」
「道だけ教えてください」
エルセリアの返答を聞きながら、シグは腰の《風撃の剣》の柄に手を当てた。どんな声で話し、どんな顔で弓を引くのかも知らない。
役人が広げた地図には、集落から南の森へ入り、途中から細い道へ逸れる経路が示されていた。シグはその道筋を目に焼き付け、詰所を出る。
三人は休息を取らず、そのまま森へ向かった。
◇
同じ頃。
遺跡の奥で、ナイアは足を止めていた。
来た時には閉じていた扉が、開いている。
「……触っていませんよね?」
後ろの二人が、揃って首を振った。
扉の向こうは暗い。
その奥で、何かが床を擦った。
ナイアの手が弓へ伸びる。
昨日、退く直前に聞いた音だった。
今度は、すぐ近くから聞こえた。




