第一話:森王国にて/第四幕:明日、もう一度
遺跡から戻った頃には、陽が傾き始めていた。
ナイアたちはそのまま集落中央の詰所へ向かった。泥のついた靴のまま中へ入り、卓の上へ周辺地図を広げる。遺跡まで同行した二人の冒険者も、その場に残った。
警備役の男が扉を閉める。
「どうでした?」
役人の問いに、ナイアは遺跡を示す印へ指を置いた。
「アンデッドは内部から出ています。入口近くまで確認しましたが、奥から外へ向かう足跡がいくつも残っていました」
「やはり遺跡が発生源ですか」
「少なくとも、今出てきている個体があそこを通っているのは間違いありません」
同行した冒険者が椅子へ腰を下ろす。
「中も前と変わってた。壁と床の溝が光ってる。それに、開いた扉の奥からまだ何体も来てる」
もう一人が付け加えた。
「もっと奥で、何か重いものが動いたような音もした」
室内が少し静かになった。
役人は地図へ視線を落とし、今日新たに記された出現地点を見比べる。
「街道まで出ている以上、外で待ち構えるだけでは追いつきませんね」
「はい」
ナイアは頷いた。
「出てきたものを処理しても、奥から次が来るなら数は減りません。遺跡の中で何が動いているのかを確認する必要があります」
「だが、最初の四人は一人死んだ。今度は同じ人数を放り込めばいいって話じゃないな」
「それは避けるべきでしょうね」
最初の調査隊が扉を開けたあと、内部の状態は変わっている。役人が紙へ必要なものを書き出していく。
「本格的に奥へ入るなら、前を支えられる戦力と索敵役、それに内部の構造を判断できる者が必要でしょう」
「古代イル=ラミナ帝群の遺跡に詳しい者については、まだ見つかっていません」
「待てる状況でもありませんね」
ナイアは地図の外側に増えた印を見る。
「明日、もう一度入ります」
役人が顔を上げた。
「ナイア様が?」
「先ほども入りましたし、出現経路も見ています。少なくとも入口付近については、把握できています」
「でも、専門家なしで奥へ行くのは危険じゃないか」
「無理に最深部まで進むつもりはありません。分からないものには触れない。危険が大きいと判断したら戻ります」
「それでも行く?」
「外へ出てくる数が増えている以上、何もしないまま専門家を待つ方が危険です」
同行していた二人の冒険者が顔を見合わせる。
「俺も行きますよ」
「ここまで見たら、途中で降りるのも気持ち悪いしな」
「無理に付き合う必要はありませんよ」
「昨日までならそうしたかもしれないですけどね」
男は地図を覗き込んだ。
「今日、中から出てきたのを見た。放っておく方が嫌だ」
ナイアは少し間を置いてから頷いた。
「分かりました。では三人で準備しましょう」
役人が別の紙を取り出した。
「以前、仲間へ伝言を出したと聞いています。返事は?」
「まだありません」
「来てもらえる可能性は?」
ナイアはすぐには答えなかった。届いていれば、二人がどう判断するかは彼らが決めることだった。
「分かりません。来るとしても、いつになるかは読めません」
「なら、それまで待つことは――」
「しません」
ナイアは言葉を重ねた。
「被害はもう広がっていますから」
◇
その夜、ナイアは借りている部屋の卓へ道具を並べていた。
新しく補充した矢。水と保存食。包帯や消毒薬。
石組みの壁、青白い光を放つ溝、奥から響いた音。今日確認したことを、生還した冒険者から聞き取った内容と照らし合わせながら、見取り図の脇へ書き足していく。
昼間に聞いた音の正体まで推測して書き記すのはやめた。正体の分からないものを、決めつけて書く必要はない。
ナイアは短く書き加えた。
――奥から低い音。大型の物体が動いた可能性あり。
ペンを置き、弓の弦の張りを確かめて矢筒を背負う。明日の朝に慌てて確認することがないよう、荷の口も締め直した。
窓から南の森を見る。その先に遺跡がある。
エルセリアたちからの返事は来ていない。来るかどうかも分からない。
それでも、明日の朝にやることは決まっている。
ナイアは弓を卓の脇へ置いた。
◇
その頃、セリア森王国へ続く南の街道を、エルセリア、エイリク、シグの三人が北へ進んでいた。




