第一話:森王国にて/第二幕:目の前の問題
街道での対応を終えた一行が近隣の集落へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
森を切り開いて作られた集落には木造の家々が並び、その間を細い水路が走っている。軒先には乾燥させた薬草が吊るされ、風が吹くたび青い匂いが漂った。ナイアは集落へ入るなり、負傷した冒険者を治療所へ送った。
「傷は浅いです。ただ、今日は休ませてください。悪化するようなら、すぐ知らせて」
治療を担当する女性がうなずく。
「分かりました」
ナイアはそれを確認すると、自分の矢筒へ目を落とした。朝から使った分だけ空きがある。広場の一角では、矢や弓具を扱う冒険者向けの露店が開かれていた。
「同じものを二十本お願いします」
店番の老人が顔を上げ、差し出された注文票を確認して矢を並べ始めた。
「見慣れない顔だな。旅の冒険者か」
「ええ。少し離れた所から来ています」
老人は納得したようにうなずき、束ねた矢を差し出す。ナイアは一本ずつ手に取り、鏃の取り付け、羽根の歪み、軸の反りを確かめた。
老人がその手元を眺める。
「ずいぶん念入りに見るんだな」
「戦いに使うものですから」
老人は少しだけ目を細め、やがて満足そうにうなずいた。
「なるほどな。道具を丁寧に扱う奴は嫌いじゃない」
ナイアは代金を置き、矢を束ねて矢筒へ収めた。
集落の中心には、冒険者ギルドの小さな出張所と警備隊の詰所が並んでいる。ナイアが中へ入ると、朝の街道で会った役人と警備役の男がすでに戻っていた。卓の上には周辺地図が広げられている。
「ちょうどよかった」
警備役が地図を指した。
「今朝の場所はここです」
遺跡の位置を中心に、これまでアンデッドが確認された場所には小さな印が付けられている。今朝の街道に加え、見覚えのない印が東側にもあった。
「東側でも昨日一体見つかったそうです」
役人が別の場所を示した。
「こちらは?」
「猟師が発見しました。すでに動かなくなっていたそうですが、死体の状態から同じものと見ていいでしょう」
ナイアは二つの印を見比べる。
「周辺の集落へ伝えてください。森へ入る人数を減らして、街道から外れる場合は一人で行動しないように」
役人がうなずき、書き留める。
「夜間の見回りも増やします」
「無理に森の奥まで探さないでください。見つけても追わず、位置を報告してください」
警備役が地図に手をついた。
「外へ出た分を全部探して倒すのは無理か」
「今の広がり方なら、難しいでしょうね」
「やっぱり中か」
ナイアは遺跡を示す印へ視線を落とした。役人が言いにくそうに口を開いた。
「再調査については、こちらでも人員を集めています。ただ、前回の件もありますから」
ナイアは何も答えなかった。前回入った冒険者たちが何かをしたのか。それとも、彼らが入らなくても同じことが起きていたのか。まだ分かっていない。
「ナイア様」
警備役の声で、地図から目を上げる。
「いつまでこっちにいらっしゃいますか?」
役人がわずかに表情を変えたが、ナイアは気に留めなかった。
「どうしてです?」
「いえ、元々は別の用事で戻られたと聞いていましたので」
ナイアは卓の端へ指を置いた。
その通りだった。
一族が代々守ってきた秘宝を追い、その手掛かりを辿ってセリア森王国まで来た。
だが、足取りはこの国へ入ったところで途切れた。そのまま周辺を調べ続ける中で見つけたのが、あの遺跡だった。
本来なら、今頃はもう別の場所で秘宝の行方を探していたはずだ。
警備役が続ける。
「追っているものがあるなら、こちらは私たちで何とかすると言いたいところなんですが」
ナイアは小さく笑った。
「そう言っていただけるのはありがたいです」
「なら――」
「でも、今は無理でしょう」
警備役が口を閉じた。ナイアは地図へ目を戻す。今日つけられた新しい印の先には街道があり、さらに少し進めば小さな集落がある。
「遺跡へ入る準備を進めましょう」
指先が遺跡の印の上で止まる。
「原因を探します」
役人と警備役が顔を見合わせた。ナイアは地図から手を離す。
ナイアの目的は、いまだ秘宝の行方にある。
それでも、今ここを離れるという選択肢はなかった。




