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Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第四章:「森王国の古代遺跡」

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第一話:森王国にて/第一幕:歩く死者

 セリア森王国南部。


 街道脇の茂みから、死体が飛び出した。


 生前は人間だったのだろう。片腕は肘から先がなく、破れた革鎧の下から黒ずんだ肉が覗いている。それでも足取りは鈍らず、前方にいた若い冒険者へ一直線に向かった。


「下がって」


 ナイアは弓を引き絞る。


 弦が鳴る。矢は冒険者の肩越しを抜け、死体の右膝へ突き刺さった。脚が折れ、その身体が前のめりに倒れる。


「頭を無理に狙わず、まず動きを止めてください!」


 声を飛ばしながら、次の矢を番える。


 倒れた死体が残った腕で地面を掻いた。痛みなど感じていない。折れた脚を引きずったまま、なお冒険者へ近づこうとする。


 横から警備役の男が槍を突き出した。


 穂先が首を貫く。それでも止まらない。


「もっと深く!」


 男が槍を捻り、そのまま押し倒す。


 ナイアはそちらを見届ける前に、森へ顔を向けた。枝が揺れている。一つではない。


「右から来ます」


 三体。


 朽ちた衣服を纏った人型が二体。その後ろには、肋骨を露出させた鹿らしき死骸が四つ足で駆けてくる。


 前衛にいた二人が武器を構えた。


「鹿は私がやります。前の二体を!」


 返事を待たず、矢を放つ。


 一射目が鹿の前脚を射抜く。身体が傾いたところへ、すぐ二射目。首の付け根へ深く刺さった。死骸は転がったが、脚をばたつかせて再び起き上がろうとする。


「まだ動くのかよ」


 近くの冒険者が声を上げる。


 ナイアは弓を下ろさない。鎖骨の下が淡く光った。旅装の隙間から、弓を象った紋章《森羅の星弓紋(アストラル・アーチ)》が浮かび上がる。次に番えた矢の周囲へ、白い光が薄く集まった。


 放つ。


 光を帯びた矢が鹿の頭部を貫き、地面へ縫い止める。しばらく脚が痙攣していたが、やがて動かなくなった。


 正面では二人の前衛が人型のアンデッドと斬り結んでいる。一体が剣を受けても構わず踏み込み、冒険者の肩へ噛みつこうとした。


「左へ!」


 ナイアの声に、男が反射的に身体をずらす。空いた横顔へ矢が刺さった。アンデッドがよろめく。その隙にもう一人が剣を振り下ろした。頭蓋を断たれ、ようやく倒れる。


 残った一体は警備役の槍へ両手を伸ばしていた。穂先が腹を貫いているのに、構わず柄を伝って前へ進もうとしている。


「一旦離れて!」


 警備役がすぐに槍を引いた。ナイアの矢が膝へ入る。崩れたところへ二人が左右から斬り込み、動きを止めた。


 静かになった。荒い呼吸がいくつか聞こえる。


「終わった……?」


 若い冒険者が剣先を下げかける。


 ナイアは返事をしなかった。弓へ新しい矢を番えたまま、森を見渡す。葉が揺れる。風だけだ。さらに待つ。鳥の声が一つ戻った。


「今のところは、大丈夫でしょう」


 その言葉で、周囲から息を吐く音が重なった。ナイアはようやく弓を下ろした。


 街道の後方では、避難させていた荷車が二台止まっている。御者台に伏せていた商人が恐る恐る顔を上げた。


「もう通っていいのか」


「少し待ってください。道を確認します」


 ナイアは倒れたアンデッドへ近づいた。腐臭が鼻を刺す。最初に倒した人型の衣服には土がこびりついていた。泥の色は、この街道周辺のものより黒い。遺跡周辺で何度も見た色だ。


「また、あそこからか」


 後ろから声がした。槍を持った警備役が立っている。肩には森王国の警備隊を示す徽章がある。


「そのようですね」


 ナイアは立ち上がった。男が街道を見回す。


「ここまで来たのは初めてじゃないか」


 ナイアはすぐには答えなかった。最初は入口周辺だけだった。次は森の中。その次は近くの獣道。そして今日は街道まで出た。


「ええ。以前より遠くまで来ていますね」


「数も増えてる」


 男が顔をしかめた。ナイアも否定できなかった。


 後ろで冒険者の一人が腕を押さえているのに気づき、近寄る。


「傷を見せてください」


「かすっただけだ」


 袖が裂け、その下に浅い傷がある。ナイアは手をかざした。淡い光が傷口を包み、滲んでいた血が止まる。


「今日はここまでにしましょう」


「大丈夫、まだ動けます」


「動けることと、続けていいことは別ですよ」


 穏やかな声だったが、冒険者は反論しなかった。


「……分かりました」


 ナイアは胸元へ軽く手を添えた。


「ありがとうございます」


 その時、街道の奥から馬の足音が近づいた。乗っていたのは森王国の役人だった。ナイアを見つけると馬を降り、足早に近寄ってくる。


「ナイア様」


 ナイアの指がわずかに止まった。


「今は一介の冒険者の身です。敬称は必要ありません」


「ですが――」


「負傷者が一人います。先にそちらを」


 役人は一瞬言葉を詰まらせ、それから頭を下げた。


「……承知しました」


 ナイアはそれ以上何も言わなかった。故郷へ戻ってから、何度目か分からないやり取りだった。


 弓を背負い直し、森の奥へ目を向ける。木々の向こうに遺跡そのものは見えない。周辺を調べている最中に見つけた、古代イル=ラミナ帝群の遺跡。そこに冒険者たちが踏み込んでから、死者が動き始めた。


 原因はまだ分からない。


 けれど一つだけ、もう疑いようがなかった。外へ出てきたものを倒すだけでは追いつかない。


 ナイアは街道に横たわる死体に目を走らせる。ここまで来る個体は、以前まではいなかった。


 森の奥へ視線を戻す。


 次に遺跡へ入るなら、入口を覗いて帰るだけでは意味がない。今度は、あの奥にある原因まで辿り着かなければならなかった。

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