第五話:届いた名前/第四幕:まだ見ぬ仲間の元へ
早朝の宿裏には、まだ夜の冷たさが残っていた。
シグは《風撃の剣》を正面へ構え、柄を握る手へ意識を集める。
魔力を流す。ほんの少しだけ。
刀身の周囲で空気が揺れたところで、すぐに止めた。風は出ない。
「……もう一回」
今度は先ほどより少し多くする。
剣先で空気が弾け、地面の砂が細く舞った。狙っていた木片は動かない。シグは舌打ちしかけ、やめた。
少なすぎれば発動しない。多すぎれば余計な魔力が消える。その間を探ろうとしているのだが、思ったところで止めるのが難しい。
何度か繰り返したところで剣を鞘へ収め、額の汗を袖で拭った。
そのまま素振りを始める。
剣を替えても、これまで覚えた型は変わらない。踏み込み、斬り上げ、切り返す。特殊な力を使わなくても戦えるようにしておく。
一通り終える頃には、通りから人の声が聞こえ始めていた。
◇
朝食を済ませて冒険者ギルド本部へ向かうと、受付で呼び止められたのはエルセリアだった。
「エルセリア・ヴァーレンティアさんですね。伝言をお預かりしています」
「私に?」
職員が封をされた紙を差し出す。
「セリア森王国の支部から、いくつかの支部を経由して届いたものです。差出人はナイア・ラウフェリアさん」
エルセリアの表情が変わった。
隣にいたエイリクも受付へ顔を向けた。
「ナイアから?」
シグには初めて聞く名前だった。
エルセリアが封を開き、紙へ目を走らせる。途中から読む速度が落ちた。
「何て?」
エイリクに促され、エルセリアは紙を渡した。
「家宝を奪った連中の足取りを追って、セリアまで戻ったみたい」
エイリクが読み進める。シグは二人の様子を見てから尋ねた。
「ナイアって誰?」
「私たちの仲間よ」
エルセリアが答える。
「シグと会う前は、一緒に旅をしていたの。今は一族から奪われた家宝を追って、別行動してる」
昨夜、二人のことを少し知ったばかりだった。
それでも、シグが知らない名前を二人は当たり前のように知っている。
エルセリアが紙を受け取り直した。
「追跡中に、これまで知られていなかった遺跡を見つけた。古代イル=ラミナ帝群のものらしいわ」
シグもその名には聞き覚えがあった。
「そこで何かあった?」
「現地の冒険者が遺跡へ入った後、異変が起きたみたい。今は遺跡の外にもアンデッドが出ているって」
「アンデッド……死体が動いてるってこと?」
「そう考えていいわ」
エルセリアはもう一度、伝言へ目を落とした。
「周辺の対応に加わるから、予定していた合流は遅れる。そう書いてある」
助けを求める言葉はなかった。
それでもエイリクは腕を組み、低く唸った。
「あいつが追跡を中断してまで残るのか」
「ええ。それに、イル=ラミナの遺跡で起きた異変なら放っておけない」
二人は短く視線を交わした。
先に口を開いたのはエルセリアだった。
「セリアへ行きましょう」
「ああ」
エイリクも迷わなかった。
シグは二人を見る。
「俺も行く」
今度は二人がシグを見た。
エルセリアが少し間を置く。
「シグ。無理に付き合う必要はないのよ」
「分かってる」
「バルサに残って仕事を続けることもできる。冒険者になったんだから、行き先を私たちに合わせなくてもいい」
シグは腰の《風撃の剣》へ手を置いた。
ここにはギルドがある。依頼を受ければ金を稼げる。宿も取れる。シイバを出た時とは違い、二人と別れても今日からどう生きればいいのか分からないわけではない。
「それでも行くよ」
「どうして?」
「二人の仲間なんだろ、そのナイアって人」
エルセリアが頷く。
「だったら、俺にも何かできるかもしれない。俺は二人にずっと助けてもらったし」
「恩返しか?」
エイリクが聞く。
「それだけじゃないよ」
シグは少し考えてから続けた。
「俺も《ヴォイド・コード》やシイバのことを調べるために旅をするつもりだ。セリアへ行ったらそれができなくなるわけじゃない」
エイリクを見る。
「だから俺が行きたい」
エイリクは何も言わず、エルセリアへ目を向けた。
「だそうだ」
エルセリアは小さく息を吐いた。
「なら、一緒に行きましょう」
◇
その日のうちに、三人は旅支度を始めた。
ギルドでセリア森王国までの街道を確認する。シグは受付で国境を越える際に必要なものを聞き、道中の宿場と補給できる場所を地図へ書き込んだ。
市場では保存食と水袋の予備、傷薬などを買った。支払いに使ったのは、自分で依頼をこなして得た金だった。
翌朝。
シグは荷を背負い、宿を出た。
腰には《風撃の剣》。懐には冒険者証がある。
エルセリアとエイリクはすでに通りで待っていた。
三人で北門へ向かう。
朝のバルサには商人たちが行き交い、通りには少しずつ人が増えていた。シグはその間を歩き、門を抜ける。
振り返らなかった。
北へ続く道の先にはセリア森王国があり、まだ顔も知らないナイア・ラウフェリアがいる。シグは二人と並び、街道を歩き出した。




