第五話:届いた名前/第一幕:紋章狩り
バルサへ戻った翌日、シグは冒険者ギルド本部の掲示板の前にいた。昨日と同じように依頼書を一枚ずつ確認していく。何枚かめくってみても、目に入るのは見覚えのある種類の仕事ばかりだった。
腰には《風撃の剣》がある。まだ使いこなせてはいないが、それを試すためだけに仕事を選ぶつもりもなかった。
シグは討伐依頼を一枚戻し、隣の紙へ目を移した。そこで、見慣れない言葉に視線が止まる。
《紋章狩り》容疑者の調査および捕縛。
「……紋章狩り?」
声に出すと、隣にいたエルセリアが依頼書を覗き込んだ。
「知らない?」
「聞いたことないな」
シグは紙を外した。依頼場所はバルサ市内。実行犯と思われる人物が出入りしている場所について情報が入り、対象が本人だと確認できた場合には捕縛する。引き渡しは原則として生存状態。最後まで読んでも、肝心の意味が分からない。
「何を狩るんだ?」
「人の紋章よ」
シグの目が紙から離れた。エルセリアは周囲へ聞かせるような声では話さなかった。
「他人の身体から紋章を無理に摘出して、奪うの」
「そんなことできるのか?」
「できる。簡単でも安全でもないけれどね」
シグは自分の右上腕へ目を落としかけたが、途中で止めた。服の下にある黒い紋章を意識すると、無意識に右手の指が縮む。その手を開いて、依頼書へ戻した。
「奪ってどうする?」
「売るのよ」
答えたのはエイリクだった。
「紋章そのものを欲しがる連中がいる。盗品と同じで、買う奴がいれば売る奴も出る」
「じゃあ、こいつを捕まえても……」
シグは依頼書の「実行犯」という文字へ目を戻した。
「こいつ一人で全部やっているとは限らない?」
「むしろ一人で済むと思わない方がいいでしょうね」
エルセリアが答えた。依頼書を裏返しても、依頼人の名前はない。
「依頼人は?」
シグが受付で尋ねると、職員は紙を確認した。
「非公開です」
「それで受けられるのか?」
「ギルドでは身元を確認しています。依頼内容についても審査済みです」
それ以上は答えられないらしい。シグはもう一度、依頼書を最初から読んだ。場所は市内。長距離の移動はない。調査対象は一人。ただし、本人だと確認するまでは手を出せない。そして捕まえるなら、生きたまま。
「殺したら失敗ってことか」
「原則としてはそうなるわね」
エルセリアの返事を聞き、シグは腰の剣へ触れた。これまで剣を抜いた相手は魔獣か、殺されなければこちらが殺されるような敵だった。狙うなら急所を外す必要はなかった。今度は違う。斬れることと、斬っていいことは同じではない。
「難しそうだな」
シグが呟くと、エイリクが横から依頼書を覗いた。
「やめるか?」
「いや」
返事はすぐに出た。
「受けたい」
エイリクがシグを見る。
「理由は?」
シグはすぐには答えなかった。
手元の依頼書へ視線を落とす。
「俺はずっと、紋章が欲しかった」
シグは目線を二人に移して続けた。
「紋章を持ってる奴から無理やり奪って、金にするんだろ」
依頼書を持つ指に、少し力が入った。
「気に入らない」
「それだけか?」
「それに、やったことがない仕事だ。こいつが本当に犯人か確かめて、殺さず捕まえて連れて帰る。剣を振れば終わる仕事じゃないんだろ」
「そうだな」
「なら、やってみたい」
エルセリアは止めなかった。シグは依頼書を受付へ出し、依頼を受領した。
◇
ギルドから渡された情報は多くなかった。対象はバルサ市内に住む男。被害者の一人が襲われる前に目撃した人物の特徴と一致し、別の証言からも不審な行動が確認されている。どれも疑うには十分だが、犯人と断定できるものではない。
ギルド本部を出ると、昼前のバルサはすでに多くの人で溢れていた。仕事着の男が仲間と笑いながら通り過ぎ、その後ろを旅装の一団が歩いていく。誰もがそれぞれの用事を抱えた、ごく普通の通行人に見えた。
シグは行き交う人々を見た。このどこかに、他人から紋章を奪っている人間がいる。
魔獣なら姿を見れば分かる。今回は、そうはいかない。
シグは腰の《風撃の剣》を確かめた。
「行こう」
三人は人混みの中へ歩き出した。




