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Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第三章:「冒険者への第一歩」

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第四話:新たな武器、新たな一歩/第四幕:届いた一手

 刀身の周囲で、空気が激しく震えた。


 武具屋で試した時よりも強い。


 そう気づいた瞬間、圧縮された風が剣先から弾け、草が大きく伏せる。飛び掛かった魔獣の横腹へ風圧がぶつかり、その身体が空中でわずかに流れた。狙いは中心から外れている。それでも牙の向きがずれ、魔獣はハンスではなく荷車の脇へ肩から落ちた。


 木箱が揺れる。


「うわっ!」


 ハンスが荷車の柄を掴んだまま身を縮めた。


「後ろへ!」


 シグは叫びながら、正面へ視線を戻す。最初に斬った魔獣が起き上がっていた。血の滲む肩を低くし、再びこちらへ向かってくる。


 シグは《風撃》をもう一度使おうとして、柄へ魔力を流しかけたが、中断した。


 今度は近い。剣で足りる。


 踏み込んできた魔獣の牙を刀身で外へ流し、そのまま身体を半回転させると、無防備な脇腹が晒された。シグは横薙ぎに斬りつける。刃が深く入った。魔獣は二歩ほどよろめき、地面へ倒れた。


「シグ、左!」


 エルセリアの声。


 振り返る。《風撃》で落とした一頭が、もう立ち上がろうとしていた。そこへエイリクが走り込む。


「そっちは見なくていい!」


 エイリクは《ルーン・ブレイカー》を反転させ、狭い荷車の脇で斧身を振るわず柄頭を魔獣の側頭部へ叩き込んだ。鈍い音とともに身体が横へ転がる。


 シグはそれ以上追わず、ハンスのところへ戻った。


「怪我は?」


「ない。荷も……たぶん平気だ」


 ハンスは顔を青くしながら木箱を押さえている。


 右手から別の唸り声がした。エルセリアが一頭と対峙していた。魔獣が間合いへ入るより早く踏み込み、振るわれた前脚を避けて首筋へ斬撃を入れる。こちらも任せていい。シグは荷車の前へ立った。


 残りがいる。


 草むらの奥から一頭が姿を見せた。だが、仲間が倒れているのを警戒しているのか、すぐには飛び込んでこない。シグは剣先を向けたまま動かなかった。


 魔力を流せば、届く。


 ただ、さっきの一撃でも明らかに入れすぎた。剣の中へ流した感覚がまだ手に残っている。今撃つ必要はない。


 魔獣が一歩出る。シグも構えを変えずに待った。さらに近づく。


 まだ。


 相手が身を沈めた瞬間、シグは柄を握る手へ意識を集めた。


 今度は少なく。必要な分だけ。


 魔力が剣へ流れ込む。


 風は出ない。


「……遅い」


 一瞬の迷いが生まれた。魔獣が地面を蹴る。シグは《風撃》を諦めた。横へ踏み出し、自分から間合いを詰める。牙をかわし、前脚の内側へ入った。剣を下から斬り上げる。魔獣が悲鳴を上げて着地を崩した。そこへエルセリアが回り込む。一撃で仕留めた。


「今、使わなかったわね」


 戦いながら見ていたらしい。


 シグは息を整えた。


「間に合わなかった」


「それで?」


「待ってたら噛まれてた」


「なら正解ね」


 エルセリアは剣についた血を払った。残っていた魔獣は、それ以上近づいてこなかった。草むらの中を走る音が遠ざかる。エイリクが追おうとしないのを見て、シグも剣を下げた。


「逃がしていいのか?」


 ハンスが恐る恐る尋ねる。シグは周囲を確認してから頷いた。


「俺たちの仕事は、あいつらを全部倒すことじゃないですから」


「そうか……そうだったな」


 ハンスは大きく息を吐いた。


 シグは剣を鞘へ戻さず、まず荷車の周囲を回った。倒れた時にぶつかった木箱が少しずれている。


「中、割れてません?」


 ハンスが蓋を開ける。


「大丈夫だ。瓶も割れてない」


「歩けますか?」


「少し休めばな」


「じゃあ、ここで長く止まるのはやめましょう。落ち着いたら先へ進みます」


 エイリクが周囲を見渡しながら口を挟む。


「血の臭いが残る。別の奴を呼ぶかもしれん」


 ハンスの顔が引き締まった。


「すぐ行こう」


「無理してまた止まる方が困ります。水飲んで、息が戻ってからでいいです」


 そう言うと、ハンスは一瞬きょとんとしてから水袋へ手を伸ばした。


 ◇


 目的の集落へ着いた頃には、昼を少し過ぎていた。


 入口近くの倉庫で荷車を止め、ハンスが積み荷を一つずつ確認する。最後の木箱を下ろしたところで、彼は腰を伸ばした。


「全部ある」


 シグも荷台を覗いた。壊れた荷物はない。ハンス自身にも怪我はなかった。


「じゃあ、これで終わりですね」


「ああ。助かったよ」


 差し出された手を、シグは握った。


「途中で遠回りした時は、少しくらい急いでもいいと思ってたんだがな」


 ハンスは荷物の山を見て笑った。


「こいつを全部持って着けたなら、そっちで正解だったらしい」


 シグも少し笑った。


 集落を離れる前に、《風撃の剣》を鞘へ収める。


 最初は魔力を入れすぎた。次は抑えようとして、間に合わなかった。まだ、使いこなせてはいない。


 それでも、あの十歩には届いた。


 シグは柄に触れ、すぐに手を離す。


 できることが、一つ増えた。


 シグは帰り道へ向き直った。

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