第四話:新たな武器、新たな一歩/第四幕:届いた一手
刀身の周囲で、空気が激しく震えた。
武具屋で試した時よりも強い。
そう気づいた瞬間、圧縮された風が剣先から弾け、草が大きく伏せる。飛び掛かった魔獣の横腹へ風圧がぶつかり、その身体が空中でわずかに流れた。狙いは中心から外れている。それでも牙の向きがずれ、魔獣はハンスではなく荷車の脇へ肩から落ちた。
木箱が揺れる。
「うわっ!」
ハンスが荷車の柄を掴んだまま身を縮めた。
「後ろへ!」
シグは叫びながら、正面へ視線を戻す。最初に斬った魔獣が起き上がっていた。血の滲む肩を低くし、再びこちらへ向かってくる。
シグは《風撃》をもう一度使おうとして、柄へ魔力を流しかけたが、中断した。
今度は近い。剣で足りる。
踏み込んできた魔獣の牙を刀身で外へ流し、そのまま身体を半回転させると、無防備な脇腹が晒された。シグは横薙ぎに斬りつける。刃が深く入った。魔獣は二歩ほどよろめき、地面へ倒れた。
「シグ、左!」
エルセリアの声。
振り返る。《風撃》で落とした一頭が、もう立ち上がろうとしていた。そこへエイリクが走り込む。
「そっちは見なくていい!」
エイリクは《ルーン・ブレイカー》を反転させ、狭い荷車の脇で斧身を振るわず柄頭を魔獣の側頭部へ叩き込んだ。鈍い音とともに身体が横へ転がる。
シグはそれ以上追わず、ハンスのところへ戻った。
「怪我は?」
「ない。荷も……たぶん平気だ」
ハンスは顔を青くしながら木箱を押さえている。
右手から別の唸り声がした。エルセリアが一頭と対峙していた。魔獣が間合いへ入るより早く踏み込み、振るわれた前脚を避けて首筋へ斬撃を入れる。こちらも任せていい。シグは荷車の前へ立った。
残りがいる。
草むらの奥から一頭が姿を見せた。だが、仲間が倒れているのを警戒しているのか、すぐには飛び込んでこない。シグは剣先を向けたまま動かなかった。
魔力を流せば、届く。
ただ、さっきの一撃でも明らかに入れすぎた。剣の中へ流した感覚がまだ手に残っている。今撃つ必要はない。
魔獣が一歩出る。シグも構えを変えずに待った。さらに近づく。
まだ。
相手が身を沈めた瞬間、シグは柄を握る手へ意識を集めた。
今度は少なく。必要な分だけ。
魔力が剣へ流れ込む。
風は出ない。
「……遅い」
一瞬の迷いが生まれた。魔獣が地面を蹴る。シグは《風撃》を諦めた。横へ踏み出し、自分から間合いを詰める。牙をかわし、前脚の内側へ入った。剣を下から斬り上げる。魔獣が悲鳴を上げて着地を崩した。そこへエルセリアが回り込む。一撃で仕留めた。
「今、使わなかったわね」
戦いながら見ていたらしい。
シグは息を整えた。
「間に合わなかった」
「それで?」
「待ってたら噛まれてた」
「なら正解ね」
エルセリアは剣についた血を払った。残っていた魔獣は、それ以上近づいてこなかった。草むらの中を走る音が遠ざかる。エイリクが追おうとしないのを見て、シグも剣を下げた。
「逃がしていいのか?」
ハンスが恐る恐る尋ねる。シグは周囲を確認してから頷いた。
「俺たちの仕事は、あいつらを全部倒すことじゃないですから」
「そうか……そうだったな」
ハンスは大きく息を吐いた。
シグは剣を鞘へ戻さず、まず荷車の周囲を回った。倒れた時にぶつかった木箱が少しずれている。
「中、割れてません?」
ハンスが蓋を開ける。
「大丈夫だ。瓶も割れてない」
「歩けますか?」
「少し休めばな」
「じゃあ、ここで長く止まるのはやめましょう。落ち着いたら先へ進みます」
エイリクが周囲を見渡しながら口を挟む。
「血の臭いが残る。別の奴を呼ぶかもしれん」
ハンスの顔が引き締まった。
「すぐ行こう」
「無理してまた止まる方が困ります。水飲んで、息が戻ってからでいいです」
そう言うと、ハンスは一瞬きょとんとしてから水袋へ手を伸ばした。
◇
目的の集落へ着いた頃には、昼を少し過ぎていた。
入口近くの倉庫で荷車を止め、ハンスが積み荷を一つずつ確認する。最後の木箱を下ろしたところで、彼は腰を伸ばした。
「全部ある」
シグも荷台を覗いた。壊れた荷物はない。ハンス自身にも怪我はなかった。
「じゃあ、これで終わりですね」
「ああ。助かったよ」
差し出された手を、シグは握った。
「途中で遠回りした時は、少しくらい急いでもいいと思ってたんだがな」
ハンスは荷物の山を見て笑った。
「こいつを全部持って着けたなら、そっちで正解だったらしい」
シグも少し笑った。
集落を離れる前に、《風撃の剣》を鞘へ収める。
最初は魔力を入れすぎた。次は抑えようとして、間に合わなかった。まだ、使いこなせてはいない。
それでも、あの十歩には届いた。
シグは柄に触れ、すぐに手を離す。
できることが、一つ増えた。
シグは帰り道へ向き直った。




