第四話:新たな武器、新たな一歩/第三幕:二度目の仕事
冒険者ギルド本部の掲示板を前に、シグは一枚ずつ依頼書へ目を通していた。
討伐対象の名前より先に目的地を見る。次に達成条件と所要日数、推奨人数を確認し、最後に報酬へと視線を移す。
一枚を外しかけ、手を止めた。
「遠いな」
報酬は悪くない。だが往復だけで二日はかかる。シグは依頼書を元の場所へ戻した。隣で腕を組んでいたエイリクが口を開く。
「取らないのか?」
「次の日まで戻れない。今はもっと近い仕事でいい」
「へえ」
その反応が気になって横を見ると、エイリクは何でもないように別の依頼書を眺めていた。シグも依頼書に目を通し続ける。
やがて一枚の紙に目が止まった。バルサから南東の集落まで、行商人一名を護衛する仕事。片道は半日ほどで、荷物は小型の荷車一台。街道を外れなければ危険度は低く、推奨人数は二名以上。達成条件は行商人と荷物を指定された集落まで送り届けることだった。
「これにする」
エルセリアが首を傾げて依頼書を覗き込む。
「護衛か」
「ああ。距離も長くないし、三人なら人数も足りる」
「決め手は?」
「今の俺でも最後までできそうだから」
シグは依頼書を持って受付へ向かった。
◇
依頼人は五十歳ほどの男だった。ハンスと名乗り、干した果物や布、小瓶の薬を近隣の集落へ売り歩いているという。荷車は一人でも引ける大きさだが、木箱が何段も積まれていた。
出発前、シグは車輪の横にしゃがむ。
「これ、どのくらいの速さで進めます?」
「平地なら普通に歩くのと大して変わらんよ。坂は遅くなるがね」
ハンスが麻の荷紐を締め直した。
「途中で休憩は?」
「一度あれば十分だ。昼前には着きたい」
「分かりました」
シグは街道の先へ目を向ける。エルセリアが荷車の左側、エイリクが後方についた。シグは右前を歩くことにする。
バルサを出てしばらくは何も起こらなかった。
街道には轍が続き、時折すれ違う荷馬車の車輪が乾いた土を鳴らす。陽が高くなるにつれて気温も上がっていった。一刻ほど進んだところで、ハンスが足を止める。
「すまん。少し休ませてくれ」
「分かりました」
答えてから、シグはハンスの額に浮かんだ汗を見た。
いつからあれだけ汗をかいていたのだろう。
道の先ばかり見ていた。
シグはすぐに周囲を見渡す。
「休むなら、もう少し先がいい」
エイリクが顎をしゃくった。数十歩先に大きな岩があり、その周囲だけ木々から距離がある。シグも確認してから頷いた。
「あそこまで行きましょう。休んでる間に周りを見ます」
ハンスは額の汗を拭った。
「任せるよ。歩くのは慣れてるつもりだったんだがな」
ハンスは荷車の柄へ腰を預け、苦笑した。
「最近は荷を減らそうかと思うこともあるよ」
「減らさないんですか?」
「減らせば、その分だけ売る物も減るからな」
そう言って、ハンスは積み上げた木箱を軽く叩いた。
小休止を挟み、再び歩き出す。
しばらく進むと、街道が二つに分かれた。ハンスは迷わず右を指す。
「こっちなら早い。いつも使ってる道だ」
右手の道は細く、林の縁に沿うように伸びている。左は大きく迂回しているが、木々から離れた開けた道だった。シグは足を止めて尋ねる。
「どれくらい違います?」
「半刻くらいだな」
「エイリク」
呼ばれたエイリクが細い道の先を細い目で眺めた。
「通れなくはない」
「魔獣は?」
「出てもおかしくないな。林に近すぎる」
シグは二本の道を見比べる。荷車は速く走れない。林から何か飛び出してきた場合、距離を取る場所も少ない。
「左から行きましょう」
ハンスが困ったように眉をひそめた。
「遠回りだぞ」
「その代わり、何か出ても早く見つけられます。荷車を置いて逃げることにもなりにくい」
ハンスは細い道と、それから積み荷へと視線を揺らした。
「……分かった。護衛の言うことを聞こう」
左へ進む。半刻は縮まらなかったが、代わりに何事も起こらなかった。
◇
目的の集落まで、あと一刻もかからないところだった。
先頭を歩いていたシグがふと足を止める。草の擦れる乾いた音がした。風ではない。
「止まって」
ハンスがすぐに荷車を引く手を緩め、足を止めた。シグは腰の《風撃の剣》へ手をかける。
街道脇の草むらが揺れ、低い唸り声が響いた。一頭の魔獣が姿を現す。灰色の毛に覆われた四足獣だ。犬に似ているが、肩の位置はシグの腰ほどまであり、口から覗く牙が異様に長い。
一頭ではない。反対側の草むらからも足音がした。
「荷車から離れないで」
シグは剣を抜く。
一頭目が走った。正面からまっすぐ飛び込んでくる。シグは半歩下がって重心を落とし、魔獣が肉薄する直前に身体を横へずらした。牙を紙一重でかわし、すれ違いざまに肩口を斬り裂く。
悲鳴を上げて魔獣が転がった。しかし追わない。シグはすぐに荷車へ視線を戻した。右にはエルセリア。さらにその向こうの草むらでも影が動き、彼女はすでに剣へ手をかけている。後方ではエイリクがハンスと荷車を庇う位置へ回っていた。
そして左。
草むらから別の一頭が飛び出した。ハンスが息を呑む音のすぐそばを、魔獣はシグではなく、その横を抜けようと疾駆していた。
荷車へ向かっている。
走れば間に合うかもしれない。だが、正面では今斬ったばかりの一頭がすでに立ち上がろうとしていた。ここを離れれば、今度はこちらから荷車までの間が致命的に空く。
シグは走らなかった。
左手を柄へ添え、飛び掛かろうとする魔獣へ剣先を向ける。十歩もない。今度は、そこまで走る必要はない。
シグは《風撃の剣》へ魔力を流し込む。
刀身の周囲で、空気が激しく震えた。




