第四話:新たな武器、新たな一歩/第二幕:風撃の剣
シグは剣を見た。
魔力を多く使う。
それだけなら、今の自分にはむしろ都合がいいかもしれない。
そう思ったところで、エルセリアが横から手を伸ばした。
「少し見せて」
シグが渡すと、彼女は柄と鍔の紋様を確認した。指先で術式の刻まれた部分をなぞり、しばらく黙る。
「壊れてはいないわね」
「発動自体は単純?」
店主が頷く。
「魔力を流せば風が出る。出力も決まってる」
エルセリアは剣をシグへ返した。
「なら、シグには試す価値はあるかもしれない」
「やっぱり?」
「あなた自身が風魔法を組み立てる必要はないもの。術式は剣の中にある。必要なのは、魔力を送り込んで、発動したら止めること」
シグは柄を握った。
「それならできそうな気がする」
「できそう、と、うまくできる、は別よ」
即座に返される。
「流しすぎれば無駄になるし、止めるのが遅ければ、その分だけ散る。剣を振りながら使うなら、発動のタイミングも合わせないといけない」
「つまり、楽ではない?」
「楽ではないわね」
店主がシグの手にある剣を見た。
「試すなら、裏を使え。壁に向けて撃てよ」
◇
店の裏手には、武器の試用に使う小さな空き地があった。
土壁の前に、木製の標的がいくつか置かれている。
シグは《風撃の剣》を抜いた。
銀色の刀身に派手な装飾はない。
「まず、振らなくていいわ」
エルセリアが少し離れた場所から言う。
「剣へ魔力を流してみて」
シグは構えた。
魔力を感じること自体には、もう慣れている。
問題は量だった。
息を整え、柄を握る手へ意識を集める。
流す。
何かが剣の中へ吸い込まれる感覚があった。
次の瞬間、空気が鳴った。
ぶわり、と風が広がる。
だが標的には届かない。
横に積まれていた砂だけが舞い上がった。
「……ずれた」
「それより、入れすぎ」
エルセリアの声が飛ぶ。
「今ので?」
「かなり」
シグは剣を見る。
自分では、それほど大量に流したつもりはなかった。
「もう一回」
今度は少なくしようとする。
少し。
さらに少し。
その加減自体が難しい。
魔力を細く流そうとすると、逆に途切れそうになる。
シグは眉を寄せた。
「むずかしいな」
「だから練習になるのよ」
エルセリアは淡々としている。
シグはもう一度息を整えた。
剣を正面へ向ける。
狙うのは十歩ほど先の軽い木片。
魔力を流す。
今度はすぐに止める。
一瞬遅れた。
刀身の先で空気が弾ける。
風圧が地面を走り、砂埃が舞った。
木片が跳ねる。
狙った中心ではない。端をかすめ、横へ転がっただけだった。
それでも、届いた。
シグは剣を下ろさなかった。
「今の、俺がやったんだよな」
「そうよ」
エルセリアが答える。
《ヴォイド・コード》の時とは違う。あの時のように、追い詰められて勝手に起きたものではない。自分で魔力を流し、自分で止めようとした。その結果として風が出た。
シグはもう一度構える。
「もう一回やる」
「今度はもっと減らして」
「分かってる」
三度目は発動が遅れた。
四度目は狙いがずれた。
五度目で、ようやく木片の正面を捉えた。
軽い標的が地面を滑る。
シグは剣先を見つめた。
まだ使いこなせない。
狙いも、魔力量も、発動の間も安定しない。
それでも、剣の先より向こうへ、自分の力は届いた。
◇
店内へ戻ると、シグは《風撃の剣》を鞘へ収めた。
重さは制式剣と大きく変わらない。握りにも違和感はなかった。
それに、十歩先まで届く。
シグはもう一度、値札を見た。
初依頼でもらった報酬では足りない。
店主がその様子を見て、シグの腰へ目をやった。
「足りないなら、今の剣を下取りに出す手もあるぞ」
シグは腰の制式剣を見た。
「これを?」
「買い取れる物なら、その分は差し引く」
シグは少し迷ってから、剣を腰から外した。
「……見てもらっていい?」
店主がシグの剣を受け取った。
鞘から抜き、刀身を見る。鍔を揺らし、柄の状態も確かめる。
「手入れは悪くないな」
「ずっと使ってたから」
「王国の制式品か」
シグは頷く。
店主は刃を光へかざし、それから金額を告げた。
安くはない。
初報酬の大半を使えば、届く。
シグは制式剣を見た。
準騎士になってから、ずっと使ってきた剣だった。シイバを離れてからも腰に吊り、昨日はブルータル・ウルサスにもその刃を通した。
役に立たなかったから手放すわけではない。
シグは柄から手を離した。
「お願いします」
店主が眉を上げる。
「本当にいいのか?」
「はい」
シグは財布から硬貨を出し、必要な分を数えて店主の前へ並べた。財布がまた軽くなった。
エイリクが横から覗く。
「ほとんど使ったな」
「また稼ぐよ」
「そうだな」
エイリクは笑って言った。
店主は硬貨を確かめ、《風撃の剣》を鞘ごとシグへ渡した。
「売ったからには言っておく。無理に魔力を入れても強くならん。壊れはしなくても、お前が先に疲れるぞ」
「分かった」
店主から剣を受け取り、シグは腰へ吊った。
昨日までと同じように、そこに一本の剣がある。
ただ、今度の剣は十歩先まで届く。




