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Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第三章:「冒険者への第一歩」

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第四話:新たな武器、新たな一歩/第一幕:届かない一手

 翌朝、シグは宿の一階で剣の手入れをしていた。準騎士となってから愛用してきた騎士団の制式剣だ。


 布で刀身を拭い、刃を光へかざす。ブルータルウルサスを何度も斬りつけたが、大きな刃こぼれはない。柄の巻きにも緩みはなく、鍔も問題なく固定されている。


 使えなくなったわけではない。


 むしろ昨日、この剣が兵災級の魔獣にも通じることは自分の手で確かめた。


 シグは刃を鞘へ収めた。


 金属同士が擦れる乾いた音を聞いた途端、別の光景が浮かんだ。


 地面が跳ね、三人の位置が大きく離れた。赤黒い魔力を纏ったブルータルウルサスが、エルセリアへ向かって走る。


 何をすればいいかは分かっていた。


 それでも、自分は走ることしかできなかった。


 代わりに届いたのは、青白い雷だった。


「エルセリア」


 少し離れた卓で地図を見ていたエルセリアが顔を上げた。


「なに?」


「紋章剣って、どれくらい種類がある?」


 向かいで朝食を食べていたエイリクも視線を上げた。


「急にどうした」


 シグは腰の剣を軽く叩いた。


「こいつが駄目なわけじゃない。でも、昨日みたいに離された時、俺には何もできなかった」


 エルセリアは何も挟まず聞いている。


「大きな魔法じゃなくていいんだ。少し離れたところへ何かできればいい。相手を倒せなくても、踏み込みをずらすとか、一瞬止めるとか」


「それで十分な時もある、か」


 エルセリアが言う。


「そういうこと」


 シグは頷いた。


「剣を使うのは変えたくない。今まで体に叩き込んだ型まで捨てる必要はないと思うから。でも、剣だけじゃ届かないところを何とかできる武器があるなら、見てみたい」


 エイリクがパンを飲み込む。


「じゃあ武具屋だな」


「あるのか?」


「この街でなかったら、どこで探すんだよ」


 エイリクが椅子を引いた。


「ただし買うものは自分で決めろ」


「そのつもりだよ」


 ◇


 昼前、三人は冒険者ギルド本部から少し離れた武具店へ入った。


 店内には油と革、それに研磨剤の匂いがこもっている。壁には剣、槍、斧が隙間なく並び、その一角だけ、柄や鍔に細かな紋様を刻んだ武器がまとめられていた。


 シグは真っ直ぐそこへ向かった。


「剣を探してるのか?」


 奥から出てきた店主が尋ねる。


「はい。片手剣で、普通の剣としても使えて、少し離れた相手に何かできるやつはあります?」


「何か、じゃ広すぎるな」


 店主は棚から一本抜いた。


「火ならある。刀身の先から火炎を出せる」


 値札を見て、シグはすぐ戻した。


「高い」


「まともな紋章剣だからな」


 次は雷属性だった。刀身が触れた相手へ弱い電撃を流すという。


「これは?」


「今のより安い」


「でも離れた相手には届かないよな」


「基本は接触だ」


 それも戻した。


 他にも数本見せてもらったが、値札を見るたび財布の中身が頭に浮かぶ。初依頼の報酬を全部使っても足りないものが多い。


 エルセリアは何も言わない。


 金を貸すとも、別のものにしろとも言わなかった。


 シグは棚の端まで歩き、そこで一本の剣に目を止めた。


 他の紋章剣とは違い、乱雑に隅へ立てかけられている。形は普通の片手剣に近い。派手な装飾もない。鍔の近くに、風を表しているらしい細い紋様が刻まれていた。


 そして値札が妙に安い。


「これ、なんでこんな値段なんだ?」


 店主が「ああ」と声を漏らした。


「あれか。勧めないぞ」


「壊れてる?」


「剣としては使える」


 店主はシグから剣を受け取り、刀身を軽く叩いた。


 澄んだ金属音が返る。


「問題はこっちだ」


 指先が鍔の紋様を示した。


「風属性の術式が入ってる。魔力を流せば、刀身から風圧を飛ばす。《風撃》ってやつだ」


 シグの目が止まった。


「どのくらい飛ぶ?」


「せいぜい十歩先だ。人を吹き飛ばすほどじゃない。足を止めたり、軽い物を飛ばしたり、小型の魔獣を牽制する程度だな」


「飛び掛かってくる相手の軌道もずらせるか?」


「当て方次第じゃ軌道くらいはずらせるだろう」


 シグは剣を見た。


「じゃあ、なんで売れないんだ?」


 店主は肩をすくめる。


「燃費が最悪なんだよ」


「燃費?」


「作る時に術式をしくじったらしい。同じ《風撃》を出すのに、普通の紋章剣よりずっと魔力を食う。しかも多く流したからって、そのぶん強くなるわけでもない。余った魔力はほとんど消える。使う側からすれば、同じことをするために余計に疲れるだけだ」


「……それで安いのか」


「不良品だからな」


 シグはもう一度剣を受け取った。


 重さは制式剣と大きく変わらない。


 握りも悪くない。


 十歩先。


 相手を倒せなくてもいい。


 昨日、自分が走っても間に合わなかった距離へ、一瞬だけでも何かを届かせられる。


「これ、試せる?」


 店主が眉を上げる。


「本気か?」


 シグは柄を握り直した。


 高性能な剣には見えない。


 店では売れ残った不良品だ。


 それでもシグは柄から手を離さなかった。


 十歩先まで届く。今の自分が欲しいのは、それだった。

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