第二話:新人冒険者シグ・フリューゲン/第二幕:最初の仕事
依頼掲示板の前には、さっきよりも人が増えていた。
シグは人の肩越しに貼り出された紙を眺め、空いた場所を見つけて前へ出る。
すぐ横では、防具の傷んだ二人組が一枚の依頼書を挟んで言い合っていた。
「報酬はいいが、期日がきつい」
「期日より、逃げ場のない地形の方が厄介だろう」
登録前にも同じ掲示板を見ている。
だが今は、目に入るものが違った。
騎士団にいた頃、任務は与えられるものだった。ここでは、自分で選ぶ。
報酬の額。その横に書かれた推奨人数。目的地までの日数。必要とされる技能。依頼によっては、達成条件まで細かく指定されている。
シグは一枚の依頼書へ目を止めた。
バルサ南方に現れた魔獣の討伐。
報酬は、近くに並んだ仕事より明らかに高い。
「これなら――」
「何人で行くつもりだ?」
後ろからエイリクの声が飛んできた。
シグは紙の下部を見直す。
「……推奨四人」
「その下」
「攻撃魔法を使える者を一人以上推奨」
エイリクはそれ以上何も言わなかった。
シグは依頼書から手を離した。
剣なら使える。
王国騎士団で習った構えも足運びも残っているし、実戦も経験している。野営や街道での警戒も、まったく知らないわけではない。
だが、魔法となれば話は別だった。
魔力があることは分かっていても、戦いの中で自在に扱えるほどにはなっていない。
右腕に宿る黒い紋章は、そもそも使おうと思って使えるものではなかった。
最初から数に入れる気もない。
「報酬だけ見てた?」
隣へ来たエルセリアが尋ねる。
「……ちょっとだけ」
「ちょっと?」
「結構見てた」
エルセリアがわずかに笑った。
シグは次の紙へ目を移す。
街道護衛。片道四日。推奨人数三人以上。
薬草採取。指定地域まで半日。ただし薬草の判別知識が必要。
古い坑道の調査。内部崩落の可能性あり。
今度は上から順に読むだけでなく、紙の端まで目を通した。
「受けられる依頼と、できる依頼って違うんだな」
「登録したばかりでも、選べる仕事は多いわ」
エルセリアは掲示板を見たまま答える。
「でも、受けた以上は終わらせる必要がある。自分で選んだ、ということも含めてね」
その横でエイリクが腕を組む。
「倒せる相手かどうかだけで見るな」
シグが振り返る。
「仕事を終えて帰れるかで見ろ。魔獣を一匹倒して、自分が動けなくなって帰れませんじゃ意味がない」
聞き覚えのある考え方だった。
シグはもう一度、依頼書の列へ向き直った。
今度は報酬より先に、目的地と条件を見る。
しばらくして、一枚の紙の前で足が止まった。
バルサ西方の街道を外れた場所にある旧監視小屋。その周辺で荷運び人が何度か魔獣らしき姿を目撃している。
依頼内容は、周辺の状況確認と、置き去りになっている荷箱一つの回収。
推奨人数、一名以上。片道は徒歩で半日ほどと注記がある。
半日という数字が、行きだけでなく帰りの分も頭の中で重なった。
「これ……」
シグは紙を読み直した。
必要技能の欄には、基本的な野外行動と警戒。
報酬は高くない。
それでも今の自分に足りないものを要求されているようには見えなかった。
「どう思う?」
シグが尋ねると、エルセリアは依頼書を一度見ただけだった。
「シグが決めて」
「そうだった」
シグはエイリクを見る。
「俺も決めんぞ」
先に言われた。
「まだ何も聞いてないだろ」
「顔に書いてある」
シグは鼻から息を吐き、もう一度依頼書へ向き直った。
剣を抜く場面があるかもしれない。だが、剣だけで解決することを求められている仕事ではない。
シグは依頼書を掲示板から外した。
「これにする」
◇
受付へ持っていくと、職員は依頼番号を確認してから書類を開いた。
「旧監視小屋の確認依頼ですね。受注前に内容をご説明します」
シグは頷く。
「お願いします」
「依頼主は街道沿いの運送業者です。三日前から、監視小屋の近くで獣型の魔獣らしきものが目撃されています。種類はまだ特定されていません」
「荷箱っていうのは?」
「昨日、荷車から落として回収できなかったものです。中身は修理用の金具と工具。箱が残っていれば持ち帰ってください」
「魔獣は倒さなくてもいいんですよね」
職員が頷いた。
「討伐依頼ではありません。周辺を確認し、荷箱を回収することが主な目的です。接近が危険だと判断した場合は、無理に回収せず戻って報告してください」
シグは依頼書へ目を落とした。
「じゃあ、箱を持って帰れなくても、失敗とは限らない?」
「状況によります。危険の程度や確認した内容を報告していただきます。その情報が次の対応に使えるものであれば、依頼の一部達成として扱われる場合もあります」
依頼書を読んだだけでは分からなかった部分だった。
シグはもう一つ確認する。
「報酬は、箱を持ち帰った場合がこの金額?」
「はい。現地確認のみの場合は減額されます」
「分かりました」
「受けます」
シグは冒険者証を差し出した。
職員は金属板を確認し、手元の記録へ筆を走らせる。
「シグ・フリューゲンさん。こちらの依頼を受注として登録します」
自分の名前が、初めて仕事と一緒に記録される。
返された冒険者証と依頼書を受け取り、シグは二つを重ねて手にした。
少し後ろで待っていたエイリクが顎をしゃくる。
「で、いつ行く?」
シグは依頼書に記された場所を見た。
「準備したら、今日のうちに出よう」
「なら、まず地図だな」
エルセリアも歩き出す。
シグは二人を追いかける前に、手の中の依頼書を一度だけ見直した。
そして折り目をつけないようにしまうと、二人のあとを追った。




