第二話:新人冒険者シグ・フリューゲン/第一幕:登録完了
受付の奥へ消えた女性職員が戻ってきたのは、それほど時間が経ってからではなかった。
シグは壁際に寄り、行き交う冒険者たちを眺めながら待っていた。すぐ近くでは報酬を受け取った男が硬貨を革袋へ流し込み、その隣の窓口には泥と獣脂の匂いを纏った一団が新たに並んでいる。人の出入りは絶えない。
それでも、奥の通路から見覚えのある職員が姿を現すと、シグの肩に自然と力が入った。
女性職員は先ほどの書類を抱えたまま受付へ戻り、椅子へ座る。
「お待たせしました。確認できました」
シグは受付へ歩み寄った。エルセリアとエイリクも少し後ろまでついてくる。
職員は書類を開いた。
「現在、世界冒険者ギルド連盟で確認できる範囲では、あなたはリューン王国から犯罪者として正式に手配されていません。逮捕を求める通達もなく、エルバ自由都市同盟に対する身柄の引き渡し要求も確認できませんでした」
シグは黙って聞いた。
「ただし、リューン王国内では所在の確認と、発見した場合の身柄確保が指示されているようです」
トーマスから聞いた話と大きくは違わない。
安堵していいのかは分からなかったが、少なくとも知らないところで犯罪者として扱われていたわけではないらしい。
「それなら……」
シグが言いかけると、職員は小さく頷いた。
「登録できます」
短い言葉だった。
聞き間違えていないか確かめるように、シグは一度瞬きをした。
「……本当に?」
「はい。今確認できている情報だけを理由に、登録を拒否する規定はありません」
胸の奥に張りついていたものが緩んだ。
サヴァールを出てから考え続けていたことに、ようやく答えが出た。
女性職員はそこで一度書類を閉じた。
「ただし、誤解のないようにお願いします。冒険者資格を得ても、リューン王国との問題がなくなるわけではありません」
シグの表情を見てから、続ける。
「リューン王国へ戻れば、王国の法に従って身柄を確保される可能性があります。また今後、正式な手続きによる要請が出た場合、それを冒険者資格だけで拒否することもできません」
「ここにいる間も?」
「少なくとも、リューン王国の権限だけで、エルバ自由都市同盟にいるあなたを自由に拘束することはできません。ここでは、こちらの法と手続きがあります」
詳しい仕組みまではシグには分からなかった。
だが、それで十分だった。
女性職員が再び登録用紙を開いた。
「以上を理解したうえで、手続きを続けますか?」
シグは迷わなかった。
「お願いします」
「では、正式な登録名を確認します」
筆先が、まだ空いている欄の上で止まる。
「今後、依頼の受注記録や達成実績などは、この名前に紐づけられます。登録名は?」
シグは用紙を見た。
先ほど照会のために名乗った時とは意味が違う。
ここに書かれた名前は、この先も残る。
一瞬だけエルセリアへ視線を向けた。
彼女は何も言わなかった。ただシグを見返している。
シグは受付へ向き直った。
追われているからといって、別の誰かになるつもりはなかった。
「シグ・フリューゲンです」
職員の筆が動いた。
紙の上に、自分の名前が記されていく。
それから残った確認事項をいくつか終え、別の職員が持ってきた小さな金属板が受付の上に置かれた。
以前、エルセリアから見せてもらったものと同じ形だった。
薄く、手のひらに収まるほどの大きさ。新品らしく縁にはまだ擦れた跡がなく、表面には細かな文字と記号が刻まれている。
女性職員がそれをシグの前へ滑らせた。
「これで登録完了です。冒険者としてのご活躍をお祈りいたします」
「ありがとう」
シグは金属板を手に取った。
冷たい。
見た目よりも軽い感触まで、エルセリアのものとよく似ていた。
違うのは、そこに刻まれている名前だった。
シグ・フリューゲン。
指先で文字の凹凸をなぞる。
「なお、戦闘経験があっても、冒険者としての実績は別です。依頼の達成記録も信用も、最初から積み上げてもらうことになります」
「分かりました」
シグは冒険者証を握り直した。
後ろからエイリクが覗き込む。
「これで一応、冒険者ってわけか」
「一応ってなんだよ」
「登録しただけだろ。仕事はまだ一つもしてない」
言い返そうとして、シグはやめた。
事実だった。
エルセリアが小さく笑う。
「なら、次にすることは決まったわね」
シグは冒険者証をしまい、先ほどまで眺めていた掲示板の方へ顔を向けた。
壁一面に並ぶ依頼書は、少し前までとは違って見えた。
今度は見るだけではない。
シグは二人より先に、依頼の並ぶ場所へ歩き出した。




