第一話:新たな道の先に/第二幕:冒険者ギルド
黒鉄の扉を押し開けると、外とは違う種類のざわめきが耳に入った。冷えた石造りの空間には人が集まる特有の熱気がこもり、硬い靴底が石床を打つ音や羊皮紙の擦れ合う音が混じり合っている。
広い玄関ホールには十数もの受付が並び、その前を泥のついた外套の男や、研ぎ澄まされた爪や角を腰に下げた者たちが行き交っていた。壁際の大きな掲示板には、新しく貼られた依頼を読む者、紙を剥ぎ取る者、その場で仲間と何かを相談する者が集まっている。
少し離れた受付では、職員が叩く検分用の小さな槌の音が短く響いていた。革袋から取り出した角や爪を一つずつ確認している。別の窓口では、泥で汚れた指先で書類の項目をなぞりながら、男が受付に説明を続けていた。
シグは入口付近で足を緩めた。
「……傭兵ギルドと、ちょっと似ているな」
「似ているところはある」
エイリクが人を避けながら先へ進む。
「仕事を受けて、終わったら戻って報告する。金が動く場所なんだから、見た目まで全然違う方が珍しい」
シグは頷きながら、近くの掲示板へ目を向けた。
上の方には大きな文字で魔獣討伐と書かれた紙がある。その隣には街道での護衛。さらに下へ目を移すと、薬草採取、行方不明者の捜索、古い水路の調査と続いていた。
「こんなのもあるのか」
シグが指したのは、崩れた遺跡の内部調査を求める依頼だった。
エルセリアが隣から覗き込む。
「あるわよ。場所によっては、討伐より調査や採取の方が多いこともあるわ」
「魔獣を倒すだけじゃないんだな」
「倒す必要がないなら、その方がいい仕事も多いでしょう」
言いながら、エルセリアは迷いなく掲示板の脇を抜けた。
受付の並びを一度見ただけで、どこへ向かうべきか分かっているらしい。
シグはその背中を見て、サヴァールを出る前に見せてもらった薄い金属板を思い出した。
冒険者証。
持っていると聞いた時は、それ以上深く考えなかった。けれど今の動きを見ていると、エルセリアがこうした場所を初めて使うわけではないことくらいは分かる。
前を歩くエルセリアが立ち止まり、壁際に設けられた棚から薄い冊子を一冊抜き取った。
「何それ?」
「各支部から回ってきた情報よ」
エルセリアは数ページ捲り、目当てのものがなかったのか元へ戻した。
そのすぐ横では、二人の男が地図を広げていた。
「西へ行くなら三人じゃ足りない」
「でも、もう二日待ってるぞ」
「急いで死んだら意味がないだろ」
聞こえてきた会話に、シグは一瞬そちらを見る。
少し先では別の女が柱の横に紙を貼っていた。大きな字で「同行者募集」と書かれている。その前に、荷をまとめた若者が立ち止まり、内容を読み始めた。
「エルセリアは、ずっとこういう所を使ってたのか?」
シグが尋ねると、彼女は歩きながら振り返った。
「必要な時はね。情報を集めるにも、現地まで行くにも便利だから」
それだけ言うと、エルセリアはまた前を向いた。
シグは少し後ろからその姿を追った。
自分と出会う前も、こうして各地の掲示を見て、必要な依頼や情報を選びながら移動していたのだろう。
一方のエイリクは、掲示板に並ぶ紙を横目で見るだけだった。
「エイリクは、ここの依頼は受けられないんだよな」
「ああ。俺は傭兵だからな」
以前聞いた話を思い出し、シグはそれ以上尋ねなかった。
似たように剣を持ち、仕事を受けて金を得る。それでも、二人が立っている場所は同じではない。
エルセリアには冒険者として使える仕組みがあり、エイリクには傭兵としての仕事と繋がりがある。
そして自分には、まだ何もない。
さっきまで眺めていた掲示板が、少し違って見えた。各地から集まる依頼と情報。報酬を得て次の旅へ向かう人々の動き。
これから先へ進み、確かめたいことがあるなら、自分にもこの仕組みが要る。
「どうした?」
先にいたエイリクが振り返った。
シグは掲示板から目を離した。
「いや」
短く答え、そのまま受付の並びを見る。
空いた窓口が一つあった。
シグはそちらへ歩いた。
受付にいた女性職員が顔を上げる。
「ご用件をどうぞ」
シグは一度だけ息を整えた。
「冒険者登録をしたい」




