↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第二章:「追われる少年」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/120

幕間:追う者たち

 ゼルヴェナ帝国第七紋章騎士団の前線拠点へ戻った分隊は、出発した時よりも会話が少なかった。


 足を引きずる者、担架に乗せられていく者。薬草と血の混じった臭いが、石造りの廊下に居座っていた。分隊長は自分の外套に染みついた泥の重さを、まだ拭えずにいた。


 報告室に入ると、ガイゼン・ローディスが机の向こうで直立していた。その半歩後ろにルーベン・ケラーが控えている。窓から差す光は乏しく、羊皮紙の上に落ちる影だけが妙に濃かった。


「紋章が現れたのは、交戦の前か後か」


 ガイゼンの声には抑揚がなかった。


「後です。拘束術式を展開し、腰まで進んだ直後でした」


「その時、少年はどこにいた」


「包囲の中央です。剣を構えてはいましたが、まだ攻撃は受けていません」


 分隊長は、右腕の包帯へ無意識に指を這わせながら、記憶をひとつずつ引き出した。


 分隊長は、右腕の包帯へ無意識に指を這わせながら、記憶をひとつずつ引き出した。黒い紋章が右上腕へ浮かび、巻き込まれた兵が装備ごと消えたこと。あの時の悲鳴は、まだ耳に残っている。


 ガイゼンは聞き終えるまで一度も口を挟まなかった。机の上には帰還者の名簿が広げられ、死亡の文字にはすでに確認の印がついている。


 ルーベンが一歩前へ出た。声の高さは変わらないが、言葉の選び方が分隊長にはわずかに柔らかく感じられた。


「その少年に、自分の意思で発動したと判断できる言動はありましたか」


「……ありません」


「発現の前後で、様子に変化は」


「紋章が現れてからは、こちらの声が届いていないようでした。何かを狙っていたようにも見えません」


 ガイゼンが顔を上げる。


「少年の名は」


「シグ・フリューゲンと名乗りました」


 羽根筆が動き、名が書き留められる。


「撤退の判断は」


「私です」


「継続できたか」


 分隊長は一拍、息を止めた。


「……できませんでした」


「ならばいい。下がれ。負傷者の処置を優先しろ」


 分隊長は一礼した。顔を上げる直前、視線がわずかにガイゼンの手元の名簿の上で止まった。


 それから部屋を出た。


 ルーベンもそこへ目を落とした。


「生存者の中には、少年を処罰すべきだという声もあります」


「当然だ。仲間を失った者に、それを抱くなとは言わない」


 ガイゼンは名簿を閉じた。


「だが、法は感情を許さない」


 死者の名はすべて別紙に記した。だからこそ、そこに書かれていない罪まで付け足すことはしない。


 ◇


 数日後、本国の封蝋が押された命令書がガイゼンの執務室に届いた。



 蝋の縁は幾度も検分された指の跡で、角がわずかに丸くなっていた。


 ルーベンがそれを開き、文字を追ったまま止まった。


「所在確認と、生存状態での確保。事情聴取と、未知の紋章についての調査――」


「従来の追跡任務は」


「別部隊へ引き継ぐ、とあります」


 ガイゼンは椅子を立ち、剣帯を締め直した。窓の外では相変わらず剣同士の打ち合う音が響いている。


「現時点では、少年本人の意思までは確認できていません」


 ルーベンは命令書に目を落としたまま言った。咎める響きはなく、ただ確かめる調子だった。


「だから確かめる」


「確保した後に、ですか」


「そうだ。我々の仕事は、確認されていない罪を作ることではない」


 ルーベンは短く頷き、命令書を畳んだ。反論はしなかった。ただ、畳んだ紙の角を指で押さえる時間が、いつもより少しだけ長かった。


 廊下へ出ると、各隊の指揮官が集められた。シイバから戻った者の顔もある。仲間を失った者の顔もある。ガイゼンはそのどの顔にも視線を留めなかった。


「以後、第七紋章騎士団の最優先任務を変更する」


 室内から物音が消えた。


「シグ・フリューゲンを追う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。