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【第一章完結】Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第二章:「追われる少年」

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第三話:それでも、この手で/第四幕:剣はまだ、この手に

 街道に残ったのは、倒れた荷車と散らばった荷、それに二体のハリアージャッカルの死骸だった。


 逃げていった個体の姿は、もう疎林の向こうに見えない。エイリクはしばらくその方向を見ていたが、追う気配がないことを確かめると斧を下ろした。


「負傷者から見るぞ」


 護衛の一人が左脚から血を流していた。エルセリアが膝をつき、傷の具合を確かめる。その脇では、無事だった護衛が倒れた荷車から布と水を探していた。


 シグは剣を鞘へ戻したまま、先ほど助けた男の足元へしゃがんだ。木箱を退けると、挟まれていた脚が見える。酷く腫れてはいるが、骨が皮膚を破っている様子はない。


「立てそうか?」


「やってみる」


 男が地面へ手をついた。シグが肩を貸すと、どうにか片脚で身体を起こす。


「助かったよ」


 男は息を整えながら、シグを見た。


「もう駄目だと思った。あんたが来なかったら、今頃……」


「いや」


 咄嗟に否定しかけて、シグは言葉を止めた。


 男は何も知らない。シイバのことも、帝国兵のことも、王国が自分を探していることも。


 ただ、魔獣に襲われたところを助けられた。それだけだ。


「……無事なら、それでいい」


 シグがそう返すと、男はもう一度深く頭を下げた。


 その様子を少し離れたところから見ていたエイリクが、鼻を鳴らした。


「ずいぶん騎士らしい返しだな」


「悪いかよ」


「別に」


 エイリクは死骸のそばへしゃがみ込み、斧の刃を布で拭った。


「戦い方も騎士だったしな」


 シグは眉を寄せる。


「それ、褒めてる?」


「半分くらいは」


「残り半分は?」


「悪い癖だ」


 即答だった。シグは思わずエイリクを見る。


「どこが?」


「まず、正面から受けすぎる。相手が飛びかかってくるたびに、ぎりぎりまで引きつけてから剣で対処してるだろ」


「見ないでどう戦うんだよ」


「そういう意味じゃねえ」


 エイリクは立ち上がり、横倒しになった荷車を顎で示した。


「使えるもんが周りにあるのに、自分と敵だけで戦おうとする。あの荷車も木箱も、敵の踏み込みを殺す壁になるし、足場にもなる。お前、最初から最後まで自分の剣だけで何とかしようとしてたぞ」


 シグはさっきの戦いを思い返す。


 否定できない。


「それに、追撃できる時に止まった」


「それは……」


 右腕へ視線が落ちる。エイリクはそこには触れなかった。


「理由があるのは分かる。ただ、止まるなら止まるので、その次を考えろ。相手は待ってくれん」


「でも、結果的には倒せただろ」


「今回はな」


 言い方が気に障った。


「じゃあ、どうすればよかったんだよ」


 エイリクは少しだけ笑った。


「その顔ができるなら、朝よりマシだな」


「話そらすなよ」


「そらしてねえ。技術はあるって言ってる」


 その言葉には、からかう調子がなかった。


「足運びも受けも悪くない。あの飛び掛かりを流したのも基本通りだ。ちゃんと教えられてる」


 シグは少しだけ肩の力を抜いた。


「トーマス隊長に教わった」


「だろうな」


 エイリクは斧を背へ戻した。


「でも、お前は騎士団で戦う前提の癖が強い。周りに味方がいる。装備も揃ってる。正面から敵を止めれば誰かが横を取ってくれる。そういう戦い方だ」


「……それじゃ駄目なのか?」


「駄目じゃない。ただ、いつでもその条件が揃うと思うなって話だ」


 エルセリアが負傷者の応急処置を終え、立ち上がった。


「その辺りは、後でゆっくり話した方がよさそうね」


「そうだな」


 エイリクはシグへ目を向ける。


「お前は『死なない戦い方』を覚えた方がいい」


 シグは意味を測りかねた。


「どういう意味だ」


「明日、暇なら剣持って来い。身体で覚えた方が早い」


「今説明してくれないのか?」


「今は負傷者を街へ戻す方が先だろう」


 もっともだった。シグは口を閉ざした。


 ◇


 サヴァールへ戻った頃には、空が赤みを帯び始めていた。


 荷車の護衛たちを門の衛兵へ引き渡し、事情を説明した後、三人はいったん宿へ戻った。


 夕食まで少し時間がある。シグは一人で裏庭へ出た。


 朝と同じ場所だった。石壁の向こうから荷車の音が聞こえる。


 剣を抜く。刀身には、落とし切れなかったハリアージャッカルの血が薄く残っていた。


 右腕を見る。黒い紋章は服の下で沈黙している。


 安全だとは思わない。次に何が起きるのかも分からない。


 それでも、街道で魔獣へ踏み込んだ時の感触は残っていた。


 自分で間合いを測り、自分で剣を振った。


 命令されたわけでも、騎士団の任務でもない。


 あの男を助けなければならない義務など、シグにはなかったが、それでも身体は動いた。


 シグは剣を構えた。


 朝と同じ型。


 一歩踏み込む。肩を入れ、腰を回す。


 剣が空気を切る。最後まで振り抜いても、右腕の紋章は静かなままだった。


 シグはゆっくり構えを戻す。


 恐怖が消えたわけではない。


 それでも、もう一度振ることはできた。


「……まだ、戦える」


 小さく呟いてから、シグは剣を鞘へ収めた。

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