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【第一章完結】Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第一章:「シグ・フリューゲン」

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第三話:絶望の果てに/第四幕:絶対に、殺す。

 世界から音が消えた。


 シグは膝をついたまま、動けなかった。


 炎は燃えている。家々も崩れている。遠くではまだ戦いが続いているはずだった。


 それでも、何も耳に入ってこない。


 視線の先に、アンナとヨハンがいる。


 二人は折り重なるように倒れたまま動かない。石畳には血が広がり、炎の明かりを鈍く映していた。


「……ヨハン」


 返事はない。


「アンナ……?」


 それでも二人は動かなかった。


「違う……」


 声が震えた。


「違う」


 ほんの少し前まで、ヨハンは自分の名を呼んでいた。アンナも叫んでいた。


 手を伸ばせば届くところまで来ていた。


「返事をしてくれ……」


 掠れた声が聞こえた。


 アルベルトだった。


 少し離れた場所で膝をつき、二人を見つめている。


 その顔を、シグは見ていられなかった。


 俯くと、自分の手が目に入った。


 ヨハンへ伸ばしていた手。


 指先が触れそうなところまで近づいて、それでも掴めなかった。


「……俺が……」


 あと少し早く辿り着いていれば。


 自分に、あの怪物を止められるだけの力があれば。


 考えるほど、胸の奥が締めつけられた。


「俺が……守るって……」


 アンナも、ヨハンも、アルベルトも、シグにとってはずっと家族だった。


 だから守りたかった。


 シグの指が石畳を掻く。


「……何が……騎士だ……」


 耳に残っていたトーマスの言葉が蘇る。


 ――騎士の務めは、敵を倒すことじゃない。


 ――守るべき者を守り抜くことだ。


 守れなかった。


 あれだけ必死に手を伸ばしたのに、届かなかった。


 シグは俯いたまま拳を握った。爪が掌へ食い込み、鈍い痛みが走る。


 胸の奥には、息もできないほどの悲しみがあったはずだった。


 胸を締めつけていたはずの悲しみが、いつの間にか遠のいていた。


 シグはゆっくりと顔を上げる。


 黒い魔獣がいた。


 見つめているうちに、空っぽになった胸の奥で、消えずに残っているものに気づいた。


(殺す)


 黒い魔獣がこちらを向く。


 青い瞳にシグの姿が映る。


 シグは立ち上がった。


 右腕はまだ痺れている。脇腹も、感電した脚も、まともには動かない。


 それでも剣を拾った。


 この剣を握って家族のもとへ行こうとしていた。


 今は、目の前の怪物しか見えていない。


 一歩、踏み出す。


 脚に力が入らず、身体が傾いた。


 踏みとどまり、もう一歩進む。


(殺す)


 黒い魔獣が前脚を持ち上げた。


 シグは走った。


 狙う場所を探さなかった。


 足場も見なかった。


 逃げ道も考えなかった。


 ただ正面から、魔獣へ向かった。


 剣を振り上げる。


「お前だけはぁぁぁッ!!」


 刃が黒い外殻へ叩きつけられた。


 甲高い音とともに火花が散る。


 傷すら残らない。


 それでもシグは剣を押しつけた。


「殺す……!」


 黒い尾が動いた。


 次の瞬間、身体が宙を舞った。


 何が起きたのか理解するより早く、シグは石畳へ叩きつけられた。


 剣が手を離れ、瓦礫の向こうへ転がっていく。


「……ぐっ……」


 身体が動かない。


 視界が揺れる。


 口の中へ血の味が広がった。


 それでも、黒い魔獣から目を逸らさなかった。


 アルベルトのことさえ、今は頭に浮かばない。


 黒い魔獣が近づいてくる。


 一歩ごとに石畳が砕け、その巨体が視界を埋めていく。


 逃げなければ死ぬ。


 分かっている。


 前脚が持ち上がり、巨大な影がシグの身体を覆った。


 それでも、恐怖はなかった。


 シグは黒い魔獣を睨み上げる。


「絶対に、殺す」

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