↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第六章:「国家の影」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/121

第三話:選ばれなかった道/第二幕:帰還の代価

 曲がり角を抜けても、エイリクは後ろを振り返らなかった。


 その日のうちにアルヴィオへ戻るのは難しかった。商隊は日暮れ前に街道脇の開けた場所へ入り、四台の荷馬車を寄せて夜を明かした。交代で見張りに立つ間、森から人が近づいてくることはなかったが、焚き火の向こうでは縛られた男だけが何度も寝返りを打っていた。


 翌朝、車列は再び動き出した。


 昼を少し過ぎて、アルヴィオの外壁が見えてくる。街道の先では荷馬車が長く連なり、門前で順番を待っていた。幌には泥が跳ね、車輪の縁には乾いた土が厚く貼りついている。


「随分、混んでるな」


「出ていく荷より、戻ってきた荷のほうが多そうね」


 エルセリアが列を見渡す。門の脇では、荷を抱えた商人風の男が衛兵に詰め寄っていた。規制はいつ解けるのかと問う声に、返ってきたのは「まだ知らせがない」の一言だけで、男は帽子を握りしめたまま列へ戻っていく。


 商隊も最後尾に加わった。責任者が門の係員に事情を告げる間に、エイリクは捕虜の縄を握り直す。


「先にこいつを引き渡す。シグ、来い」


「ああ」


「私も行くわ。聞いた話は、私の口から伝えたほうが早いでしょう」


 エルセリアが続き、ナイアとキルミは荷馬車に残った。


 ◇


 詰所には、湿った羊毛と古い墨の匂いが籠もっていた。小窓から差す光が、長椅子の埃を斜めに浮かび上がらせている。


 エイリクは、旧交易路で起きたことを順に報告した。案内料を巡るやり取りから、大柄な男が剣を抜き、残る三人が森へ逃げたところまで、余計な推測は挟まない。捕らえた男の剣も、その場で役人へ預けた。役人は鞘を指で撫で、傷を確かめる。


「道を塞いでいた障害物は」


「倒木のそばに石が寄せてあった。切り口は刃物のものだが、木を倒した者までは分からん」


「石を動かしたのは俺らだよ」


 長椅子から男が吐き捨てる。


「木は最初から倒れてた。何度言わせるんだ」


 役人は答えず、筆を走らせた。紙を引っかく音が続くあいだ、男は縄の食い込んだ手首を擦っている。石は認めるのに倒木は知らないと言い張る、その境目だけがシグには引っかかった。


「森に人が留まった跡はあった。待機場所の草にも踏み分けた痕がある。ただ、誰が残したかは不明だ」


 役人は顔も上げず、筆の運びだけを続けている。


 エイリクがそこまで述べたところで、エルセリアが机へ近づいた。


「ひとつ付け加えるわ。この男によれば、逃げた仲間の一人が、外の人間から街道規制や商隊の動きを聞いていたそうなの。荷馬車の台数や進む方角を覚えておけ、とも言われていたと」


 役人の筆が止まる。


「その人物を見たのですか」


「いいえ。本人には会っていない。仲間から聞いた話よ」


「聞いてないことまで喋ったつもりはねえ」


 男が割り込んだが、エルセリアは視線すら向けなかった。役人が書類を閉じる。必要があれば皆にも話を聞くと言い、エイリクは「その際はギルドへ」とだけ返した。


 詰所を出ると、昼の光が目に刺さった。左肩を回すと、昨夜より痛みは引いている。


 ◇


 荷の降ろされた先は、商会の管理する倉庫の一角だった。扉の前には空の荷車が並び、運搬人たちの掛け声と木箱の軋みが絶え間なく響いている。責任者は帳面を片手に倉庫番と向き合っていた。


「全部は入りませんか」


「今空いてる場所じゃな。明日になれば別の荷が出るが」


「傷みやすいものだけでも、先にお願いします」


 額の汗を拭って戻ってきた責任者は、荷台の脇で足を止めた。老いた商人が、木箱に結ばれた届け先の札を外そうとしている。紐が固く、何度か引いたあとで小刀を抜いた。


「あの店には、半年も前から約束してあったんだがな」


 誰にともなく呟いた声が、箱の陰に落ちて消えた。


「皆さんへの報酬は、目的地に着いていませんので、帰還の分も含めてギルドへ報告したうえで精算します。私の判断で戻ったことも、そのまま伝えます」


 責任者がこちらへ向き直る。


「分かった。それで構わん」


 エイリクが頷いた。


「損は、小さくありません。それでも、皆さんが前に立ってくださったから、戻る判断ができました」


 シグは、老商人の手元を見ていた。切り落とされた紐が足元に落ちる。


「……届けられなかったんですね」


「ええ。ですが、あの道を強行していたら、荷だけで済んだかどうか」


 シグは荷台へ目を向けた。御者も商人も、朝と同じ顔ぶれがそこにいる。


 責任者は帳面を閉じた。


「街道が使えるようになれば、また運ばねばなりません。商売は、止められませんから」


 エイリクは口を挟まず、シグへ顎を向けた。


「また護衛が必要になったら、声をかけてください。引き受けられるかは、そのとき次第ですけど」


「ええ。ぜひ」


 差し出された手を握った。


 手を離したときには、エイリクはもう倉庫の出口へ向かっていた。


「行くぞ」


「分かった」


 ◇


 倉庫街の通りには、行き場を失った荷馬車が何台も停まっていた。宿の前では旅装の商人が部屋の空きを尋ねている。別の角からは、倉庫の使用料を巡る言い争いが聞こえてきた。道端では、迂回路から戻ったという男たちが折れた車輪を囲んでいる。馬の汗と車軸の油の匂いが、昼下がりの通りに澱んでいた。


「向こうも通れなかったのか」


「門のところでも、そんな話が聞こえていました」


 キルミが黒杖を持ち直す。


「別の道を探して、戻ってきた方が何組か」


「軍は、いつまで街道を塞ぐつもりなのかしら」


 エルセリアの問いに、答える者はいなかった。


 通りの向こうから、一人の男が近づいてきた。整えた上着の胸に、商会の印章が光っている。


「失礼。旧交易路から戻られた護衛の方々でしょうか」


 エイリクが足を止める。


「そうだが」


「商会の者です。先ほど帰還された商隊の責任者から、お話を伺っておりまして」


 男は通りを一度見回し、声を落とした。


「旧交易路で起きたことを、詳しく聞かせていただけませんか」


 エイリクはすぐには答えなかった。男の胸元にある商会の印章へ目を落とし、それからシグたちを振り返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。