第三話:絶望の果てに/第二幕:最後の抵抗
シグは、トーマスたちが命懸けで切り開いた、わずかな隙間へ跳んだ。肺が焼けるように熱い。痺れる右腕をかばい、震える左手で剣を握り直す。足だけは止めなかった。
「アルベルト!」
炎を裂く声。煙が視界を覆い、崩れた家々が道を塞ぐ。それでもヨハンの叫びが聞こえた方向だけは見失わなかった。瓦礫を蹴り越え、燃え落ちる梁を潜り抜ける。
「押し返せぇぇぇ!」
背後から届く悲痛な叫び。振り返る余白などない。シグは呼吸を捨てて瓦礫を跳び越え、崩壊しかけた民家の隙間を抜ける。
直後、耳を刺す破砕音とともに、大気を揺るがす衝撃が背中を叩いた。騎士たちの悲鳴が一瞬で途絶える。砕けた鉄片と瓦礫が頭上を飛び越えていった。
続いて爆ぜる、連続した白銀の衝撃波。部下たちが次々と倒れる中、たった一人で異形の足止めを引き受けている背中があった。
砕けた鉄片が雨のように降り注ぐ。だが、足を止めるな。進め。 唇を噛み締めながら前だけを見据え、崩れた民家の隙間を駆け抜けた。
「アルベルト!」
叫び声に応えるように、前方で重い梁を支え続ける姿があった。腕は途切れなく震え、額からの血がアルベルトの目元を濡らしている。
「まだ中に一人いる!」
苦しそうな声に応じ、村人が最後の一人を瓦礫の底から引きずり出す。その瞬間を見届けて、アルベルトから力が抜けた。支えを失った家屋が、猛火を巻き上げて一気に崩れ落ちる。
「父さん!」
「無事だ! 走れ!」
煙を割って跳び出した親子のすぐ背後で、地響きを置き去りにするほどの衝撃が弾けた。
(――っ!?)
「うおおおおおおおおッ!!」
空気を引き裂く雄叫び。トーマスが渾身の踏み込みで地面を穿ち、黒い胸部へ喰らいつくように剣を突き立てる。外殻に刃が食い込む。だが、そこが限界だった。
甲高い悲鳴のような音を立て、剣身が根元から折れ飛ぶ。それでもトーマスは止まらない。折れた刀身を、そのまま裸の手で握り締めた。
「まだだァァァァッ!!」
血が噴き出すのも構わず、砕けた刃を杭の如く亀裂へ打ち込む。
「《インパクト・ブロウ》――! 」
至近距離から、衝撃のすべてを乗せた拳。
「貫けぇぇぇぇぇッ!!」
圧縮された衝撃が一心に注ぎ込まれ、折れた刃が内部へ押し込まれた。
白銀の閃光が炎を押し返し、地面に長い影が伸びる。爆風が炎を押し散らし、外殻に亀裂が入る乾いた打撃音が響いた。勝てる、そう思えた一瞬ののち。
――鈍い破砕音とともに、白銀の光が唐突にかき消えた。
「……隊長?」
絶叫も、号令も、金属音も消え失せる。 残されたのは、燃えさかる炎の爆ぜる音と、何事もなかったかのように踏み出される、災厄の重苦しい足音だけだった。
「シグ! 早く!」
ヨハンの叫びでハッと我に返る。
「アルベルト!」
必死で腕を伸ばした。
「今行く!」
炎を掻き分け、ついにその場所へ辿り着いた。




