第二話:進めない理由/第二幕:道を売る者たち
木立の奥で、また一本、枝が揺れた。
先頭の男が、両手を広げて見せる。
「なあ、こっちは親切で声をかけてるんだ。そんな怖い顔をするなよ」
エイリクは答えず、男の背後へ視線を投げた。
「ほかにもいるな」
「仲間だよ。道を調べて回ってるだけさ」
男が手招きすると、木立からさらに二人が現れた。短弓を背負った痩せた男と、幅広の剣を腰に吊った大柄な男。どちらも草地へは出ず、木陰に留まっている。
「話くらい聞いてくれるだろ?」
「話なら聞く。そこから動くな」
エイリクの返答に、男は口の端を上げた。
「分かった、分かった。責任者と話したい」
荷馬車の陰から責任者が顔を出した。エルセリアがその前へ半歩出る。責任者は小さく首を振り、狼人の隣まで歩いてきた。
「私が責任者です。道を案内できるとおっしゃいましたね」
「ああ。この辺りは庭みたいなもんだ。街道が塞がってから、古い道へ入ろうとする商人が増えててな。あんたらみたいに立ち往生する連中も珍しくない」
男は旧交易路の入口を指した。
「あの道は危ねえぞ。橋は傷んでるし、崩れた場所もある。荷馬車で突っ込めば、荷ごと谷底だ」
橋の名が出たところで、責任者の目がわずかに動いた。
「では、ほかに通れる道が」
「あるとも。少し遠回りだが、俺たちが案内すれば荷馬車でも抜けられる」
「四台とも通れますか。どちらへ抜ける道でしょう」
「心配いらねえ。何度も通ってる」
笑ってはいるが、道の名も方角も、男の口からは出てこない。責任者がもう一度尋ねても同じだった。
「案内を頼むと決めてからだ。先に道を教えちまったら、俺たちの商売にならねえだろ?」
指を立て、男は金額を告げた。
責任者の顔から、表情が消える。
「……荷馬車四台分で、ですか」
「そうだ」
懐の財布へ、視線が一度だけ落ちた。シグが気づいたときには、もう戻っている。
「その額では依頼できません。通常の案内料を、はるかに超えています」
「普通の道じゃないんだぜ。街道が使えねえんだ、高くもなる」
悪びれもしない口ぶりだった。
「申し訳ありませんが、旧交易路はすでに断念しています。ほかの道へ進む予定もありません」
「だが、ここにずっといるわけにもいかねえだろ。この辺りを安全に通りたきゃ、俺たちを通した方がいい」
笑みが薄れる。
「勝手に通られると、こっちも困るんだよ」
エイリクの耳が動いた。
「道を管理しているのか」
「まあ、そんなところだ」
「誰の許可でだ。王国か、土地の領主か」
男の口が、開きかけて閉じた。
「……昔からこの辺りを使ってる連中がいる。俺たちもその一員でな」
「聞いているのは許可だ」
答えは、返ってこなかった。
風が草を倒し、荷馬車の幌が小さく鳴る。
「もういいだろ」
木陰から、痩せた男の声が飛んだ。
「向こうは護衛が五人もいる。断られたなら戻ろうぜ」
「黙ってろ。まだ話してる」
「話したって払わねえよ」
大柄な男が鼻を鳴らし、腕を組んだまま荷馬車へ目をやる。しばらくすると、また同じ方角を見た。シグの目も、その視線を追っていた。短槍の男だけは、槍の石突きを地につけ、仲間の顔を順に見ている。
「案内をお願いするつもりは、ありません」
責任者が、地図を懐へ収めた。
「これ以上、商談を続ける必要もないでしょう」
「本当にいいんだな。あとで困っても知らねえぞ」
「承知しています」
エイリクは前へ出ず、横から口も挟まず、男の返事を待っていた。
やがて、男の肩が落ちた。
「……そこまで言うなら仕方ねえ」
片手が振られる。痩せた男が先に踵を返し、短槍の男も半歩下がった。
シグは息を吐いた。
緩んだ空気の中で、大柄な男だけが動かずにいる。視線は、荷馬車に据えたままだった。
「おい」
先頭の男の呼びかけにも応えず、その巨躯は草地へ踏み出した。
「待て。どこへ行く」
「ちょっと荷を見せてもらうだけだ」
「お待ちください。積荷をお見せする理由はありません」
責任者の声も、足を止めさせない。向かう先は、シグの立つ荷馬車だった。車輪の脇には、縄を締め直していた商人がいる。荷台へ寄りかかったまま、動けずにいた。
シグは車輪の前へ出た。
「そこまでだ。荷には触るな」
足が止まる。
「何だ、まだ子供じゃねえか」
「護衛だ。下がってくれ」
「護衛なら荷を守るのが仕事だろ。中身を見るくらい、困らねえはずだ」
「依頼人が断ってる」
男はシグを見下ろし、荷台へ視線を移した。
「案内料が払えねえなら、荷の一つくらい置いていけ。それで話をつけてやる」
背後で商人が身じろぎする。シグは男から目を外さず、片手を後ろへ伸ばした。
「荷馬車の内側へ下がってください」
足音が遠ざかる。口元を歪めた男が、肩をいからせた。
「随分と偉そうだな」
「やめろ、戻れって言ってるだろ!」
先頭の男の怒鳴り声にも、振り返りはしない。
「何も取らずに帰る気かよ。こんだけ積んであるのに」
腰へ、手が伸びた。
指先を、シグの目が追う。柄を握った男の肘が、外側へ開いた。
抜く。
そう悟ったときには、シグの手も柄にかかっていた。背には車輪。ここで退けば、男は荷台へ届く。
左足を引き、鞘を押さえる。
金属の擦れる音。
大柄な男の剣が、鞘を離れた。




