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Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第六章:「国家の影」

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第二話:進めない理由/第二幕:道を売る者たち

 木立の奥で、また一本、枝が揺れた。


 先頭の男が、両手を広げて見せる。


「なあ、こっちは親切で声をかけてるんだ。そんな怖い顔をするなよ」


 エイリクは答えず、男の背後へ視線を投げた。


「ほかにもいるな」


「仲間だよ。道を調べて回ってるだけさ」


 男が手招きすると、木立からさらに二人が現れた。短弓を背負った痩せた男と、幅広の剣を腰に吊った大柄な男。どちらも草地へは出ず、木陰に留まっている。


「話くらい聞いてくれるだろ?」


「話なら聞く。そこから動くな」


 エイリクの返答に、男は口の端を上げた。


「分かった、分かった。責任者と話したい」


 荷馬車の陰から責任者が顔を出した。エルセリアがその前へ半歩出る。責任者は小さく首を振り、狼人の隣まで歩いてきた。


「私が責任者です。道を案内できるとおっしゃいましたね」


「ああ。この辺りは庭みたいなもんだ。街道が塞がってから、古い道へ入ろうとする商人が増えててな。あんたらみたいに立ち往生する連中も珍しくない」


 男は旧交易路の入口を指した。


「あの道は危ねえぞ。橋は傷んでるし、崩れた場所もある。荷馬車で突っ込めば、荷ごと谷底だ」


 橋の名が出たところで、責任者の目がわずかに動いた。


「では、ほかに通れる道が」


「あるとも。少し遠回りだが、俺たちが案内すれば荷馬車でも抜けられる」


「四台とも通れますか。どちらへ抜ける道でしょう」


「心配いらねえ。何度も通ってる」


 笑ってはいるが、道の名も方角も、男の口からは出てこない。責任者がもう一度尋ねても同じだった。


「案内を頼むと決めてからだ。先に道を教えちまったら、俺たちの商売にならねえだろ?」


 指を立て、男は金額を告げた。


 責任者の顔から、表情が消える。


「……荷馬車四台分で、ですか」


「そうだ」


 懐の財布へ、視線が一度だけ落ちた。シグが気づいたときには、もう戻っている。


「その額では依頼できません。通常の案内料を、はるかに超えています」


「普通の道じゃないんだぜ。街道が使えねえんだ、高くもなる」


 悪びれもしない口ぶりだった。


「申し訳ありませんが、旧交易路はすでに断念しています。ほかの道へ進む予定もありません」


「だが、ここにずっといるわけにもいかねえだろ。この辺りを安全に通りたきゃ、俺たちを通した方がいい」


 笑みが薄れる。


「勝手に通られると、こっちも困るんだよ」


 エイリクの耳が動いた。


「道を管理しているのか」


「まあ、そんなところだ」


「誰の許可でだ。王国か、土地の領主か」


 男の口が、開きかけて閉じた。


「……昔からこの辺りを使ってる連中がいる。俺たちもその一員でな」


「聞いているのは許可だ」


 答えは、返ってこなかった。


 風が草を倒し、荷馬車の幌が小さく鳴る。


「もういいだろ」


 木陰から、痩せた男の声が飛んだ。


「向こうは護衛が五人もいる。断られたなら戻ろうぜ」


「黙ってろ。まだ話してる」


「話したって払わねえよ」


 大柄な男が鼻を鳴らし、腕を組んだまま荷馬車へ目をやる。しばらくすると、また同じ方角を見た。シグの目も、その視線を追っていた。短槍の男だけは、槍の石突きを地につけ、仲間の顔を順に見ている。


「案内をお願いするつもりは、ありません」


 責任者が、地図を懐へ収めた。


「これ以上、商談を続ける必要もないでしょう」


「本当にいいんだな。あとで困っても知らねえぞ」


「承知しています」


 エイリクは前へ出ず、横から口も挟まず、男の返事を待っていた。


 やがて、男の肩が落ちた。


「……そこまで言うなら仕方ねえ」


 片手が振られる。痩せた男が先に踵を返し、短槍の男も半歩下がった。


 シグは息を吐いた。


 緩んだ空気の中で、大柄な男だけが動かずにいる。視線は、荷馬車に据えたままだった。


「おい」


 先頭の男の呼びかけにも応えず、その巨躯は草地へ踏み出した。


「待て。どこへ行く」


「ちょっと荷を見せてもらうだけだ」


「お待ちください。積荷をお見せする理由はありません」


 責任者の声も、足を止めさせない。向かう先は、シグの立つ荷馬車だった。車輪の脇には、縄を締め直していた商人がいる。荷台へ寄りかかったまま、動けずにいた。


 シグは車輪の前へ出た。


「そこまでだ。荷には触るな」


 足が止まる。


「何だ、まだ子供じゃねえか」


「護衛だ。下がってくれ」


「護衛なら荷を守るのが仕事だろ。中身を見るくらい、困らねえはずだ」


「依頼人が断ってる」


 男はシグを見下ろし、荷台へ視線を移した。


「案内料が払えねえなら、荷の一つくらい置いていけ。それで話をつけてやる」


 背後で商人が身じろぎする。シグは男から目を外さず、片手を後ろへ伸ばした。


「荷馬車の内側へ下がってください」


 足音が遠ざかる。口元を歪めた男が、肩をいからせた。


「随分と偉そうだな」


「やめろ、戻れって言ってるだろ!」


 先頭の男の怒鳴り声にも、振り返りはしない。


「何も取らずに帰る気かよ。こんだけ積んであるのに」


 腰へ、手が伸びた。


 指先を、シグの目が追う。柄を握った男の肘が、外側へ開いた。


 抜く。


 そう悟ったときには、シグの手も柄にかかっていた。背には車輪。ここで退けば、男は荷台へ届く。


 左足を引き、鞘を押さえる。


 金属の擦れる音。


 大柄な男の剣が、鞘を離れた。

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