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Chronicle ーエルディア・バース戦記ー  作者: kissaki / 切っ先
第六章:「国家の影」

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第二話:進めない理由/第一幕:招かれざる案内人

 先ほど見たものと、同じ向きに倒れた草だった。


 数歩先で筋は途切れている。そこから先に踏み荒らされた様子はなく、誰かが通ったと分かる跡も見当たらない。シグは足を止めたまま、木立の際を見据えた。


「エイリク、ちょっと来てくれ」


 責任者の傍らにいた狼人が振り向き、シグの指す先を見てから、草地を横切ってくる。


「これ。さっき森で見た跡に似てる」


 膝を折ったエイリクは、倒れた茎を指で分けた。土のむき出しになった箇所にも目を走らせたが、旧交易路にあったような足跡は残っていない。


「踏まれたようには見えるな」


「同じ奴が来たのかな」


「さあな。荷馬車の周りを歩いた商人の跡かもしれん」


 荷馬車の方では、御者たちが馬に水を遣り、商人の一人が木箱を積み直している。ここへ退いてから、誰がどこを歩いたのか、誰も数えてはいない。


「でも、森からこっちへ続いてる」


「だから調べるんだ。決めつけるのは、その後にしろ」


 エイリクが立ち上がり、《五感強化(ハンターズセンス)》で探り始めた。耳が左右に振れて、やがて一方で止まる。シグも同じ方角を見たが、葉擦れのほかには何も動かない。


「何かいる?」


「今は捉えられん。だが、奥まで分かるわけじゃない」


 手を下ろした狼人は、草地の端から荷馬車の列までを目で測った。


「木の陰を出れば、馬車まで走って数呼吸か」


「場所を移す?」


「四台を動かすには手間がかかる。慌てて馬を急かせば、さっきの二の舞だ」


 水桶に鼻先を寄せている馬は、先ほど後退を嫌がった一頭だった。


「まず見張りを増やす。エルセリアたちを呼べ」


 駆け出しかけて、シグは歩調を落とした。木立に背を向けて走るのは、やめておく。


 ◇


 話を聞いたエルセリアは、車列の並びを一瞥するなり眉を寄せた。


「木立側に人が集まりすぎね。荷を降ろしてる分は戻させましょう。人も馬車の内側へ」


「騒ぎにはするな」


「分かってる。あなたみたいな大声は出さないわ」


 肩をすくめて責任者のもとへ向かう背を、エイリクは目で追った。それからナイアへ顎を振る。


「木立側を見られるか」


「はい。あちらなら、道の入口も見えます」


 弓を手にしたまま、矢は番えず、ナイアは草地の端から少し離れた位置へ移った。キルミは黒杖を持ち直し、車列の反対側へ回る。


「皆さんが一か所に固まっても仕方ありませんから。私はこちらに」


「シグ、お前はここだ」


 エイリクが示したのは、木立に最も近い荷馬車の脇だった。


「何か出てきたら知らせろ。追うなよ」


「分かってる」


「ならいい」


 指示はそれきりだった。


 荷台の角に立つと、幌が木々への視界を遮る。半歩出れば、今度は隣の馬車が消えた。戻した先で、視界の端にナイアが入る。向こうもこちらを見ていて、小さく頷いた。互いの位置が見える場所は、ここしかない。


 柄へ置いた手に、革帯が食い込んだ。いつもなら気にも留めない締め具合が、今日は硬い。指を緩めて握り直す。


 荷馬車の向こうでは、エルセリアが商人たちを内側へ寄せている。あちらへ戻る道は、空けておかなければならない。


 シグは立ち位置を、半歩ずらした。


 ◇


 地図を抱えた責任者が、エイリクの前に戻ってきた。


「不審な痕跡があったと聞きました。危険が迫っているのですか」


「そこまでは分からん。念のためだ」


「ここに留まっても大丈夫なのでしょうか」


「今すぐ動くよりはましだ。ただ、長居するなら話が違う」


 責任者は眉間を押さえた。


「規制が明日にも解けるなら、待ちたいのですが」


「見込みは聞けなかったんでしょう?」


 エルセリアの問いに、責任者は頷く。


「戻れば荷を預け直す手間が要ります。待てば馬の飼料が尽きる。どちらを選んでも、護衛の皆さんへの支払いは膨らみます」


「ここで夜を越すなら、今の場所でいいかは考えた方がいいわ」


「……分かっています。もう少し周りを見てから決めさせてください」


 引き返せば仕事は終わる。シグはそう思っていた。責任者にとっては、その先に荷の置き場も、損失の勘定も残る。荷台の脇では商人が縄を締め直していた。出るとも戻るとも決まらないまま、ほどいた縄をまた結んでいる。


 視界の端で、ナイアの弓が上がった。


 木立の方角を指している。


 顔を戻すと、幹の間で、枝の揺れ方が風とは違った。


「エイリクさん」


「見えてる」


 木立から男が一人、姿を現した。革の胸当てに、腰の剣。少し遅れて、肩に古い外套を掛けた短槍の男が続く。どちらも、王国軍の制式ではなかった。


「商人たちを下げろ」


 エイリクの声に、エルセリアが動く。


「皆さん、荷馬車の内側へ。荷はそのままでいいから」


 馬の鼻息と足音が重なり、草地が一気にざわめいた。


 シグは剣を抜かず、柄に手を添えて二人の動きを追った。ナイアは弓を下げたまま、射線を塞がない位置へ滑っていく。キルミは黒杖を握り直したが、唇は動かさない。


 二人は草地の手前で足を止めた。先頭の男が片手を上げる。


「おい、そこの商隊!」


 剣には触れず、男は荷馬車の列を端から端まで眺めた。


 エイリクが一歩前へ出る。


「何の用だ」


「そう構えるなよ。道が塞がって困ってるなら、この辺りは俺たちが案内できるぜ」


 シグは男の腰の剣から、その背後へと視線を移した。


 木立の奥で、また一本、枝が揺れた。

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