夏はまだ終わらない その2
「はぁ?」
——何を言っているんだこいつは。この状況でどうフーシャを抱けと?
ピンク色の思考を繰り広げるエストに、フーシャは続ける。
『はい、後ろから抱きしめて支えてください。左足が無いと、うまく踏ん張って狙えないんです』
「そ、そうだよね。うん、わかった」
エストはフーシャの《フォーレン》の背中に回って、がっしりと肩を支えた。
フーシャもエストの機体に体重をかけている。関節部がぎぃ、ぎぃと鳴るが、警告は出ていない。フーシャが微妙にかける体重を調整しているのだ。
構えたライフルの銃口がゆらゆらと揺れて、空を飛ぶ《ストリージ》に狙いを定めた。
繋ぎっぱなしの短距離通信回線から、フーシャの吐息が聞こえる。
『ふぅ……安心しますね』
「フーシャ……?」
『じゃあ、頑張りますか。久々に』
『見ててくださいね、すとちゃん。すごいフーシャ・マイグレックヒェンの姿を』
直接触れていないはずなのに、フーシャの鼓動を感じた。狙撃前とは思えないほど、落ち着いた心音。
メトロノームのような、ずっと聞いていたくなる魔力を持った、心地よい心音。
発砲。轟音。
オレンジ色の放物線を描きながら、弾丸が宙を駆けた。
————
アリアは谷間のカーブに差し掛かり、《ストリージ》の速度を落とした。
先程のクレートレッフ基地防衛隊との戦闘で酷使した機体の関節はギィギィと耳障りな音をたて、左腕に至っては膝から下がだらんと垂れ下がっていた。
「もう少し……もう少しだから……」
——まさか、私が東側の機体に乗ることになるなんて。
もし、自分の機体が《プフェーアト》や《アードラー》であったなら、もうさあ少し善戦できただろうに。そんな手遅れな後悔を感じながら、アリアはゆっくりと曲がっていく。
谷間の向こうにクレートレッフ基地の姿が見え、アリアの口に自然と笑みが浮かんだ。
脳裏に浮かぶのは、恋人の顔。
アリアの恋人は、クレートレッフ基地で《プフェーアト》のテストパイロットをしていた。
彼女によってもたらされたデータがあったからこそ、モリニア軍ないしは西側は《プフェーアト》とそれをベースにした教習機の迅速な配備ができたのだ。
そんな彼女がいるのは、アリアにとって、かすかな自慢でもあった。
戦争を2人とも生き残って、2人の除隊金で小さな家を買った。サイレンにも敵にも邪魔されず、2人で幸せな時間を、そこで過ごした。
そんなささやかな生活が幕を閉じたのは、4年前の夏だった。
戦争を終わらせた政府が推し進めた廃軍令により、軍人、元軍人へのバッシングが一層高まっていた頃である。
アリアの恋人がTDの開発に関わっていたという情報が何処からか漏れ、街の人達に暴行を受けたのだ。
それが半年も続くと、彼女から笑みは消え、部屋に篭りがちになった。
それでも彼女を支え続けたアリアの元に現れたのは、振り子のように揺れる、首を吊った恋人の姿だった。
「だから……だからッ!」
だから奴らに、思い知らさなければならないのだ。他人を傷つけるとは、どういうことかを。
クルストには大層な理想があるようだが、アリシアにはもう、そんなものはどうでも良かった。
アリアはコックピットのペダルを踏み締め、クレートレッフ基地へと最後の加速をかけようとした。
瞬間、爆発。機体を凄まじい振動が襲い、モニターの状態表示が真っ赤に染まる。
——一体何処から?
動揺を抑えながら、アリアはどうにか片方だけになったシュヴァルベ・ユニットでバランスをとって、周囲を見渡した。
そして、見えたのは2機のTD。
2機の《フォーレン》が支え合って、マズルから白煙の上がっている狙撃用ライフルを向けていた。
ロックされたという警告は無かった。つまり、あの《フォーレン》は、マニュアルで標準をつけたのだ。
その姿を見て、アリアの脳裏に、誰かの声が聞こえた。
『もう大丈夫だよ、アリア』
向日葵畑の真ん中で笑う、恋人の姿。いつの間にか忘れていた、幸せな記憶。
彼女の魂が《フォーレン》に宿って、クレートレッフに特攻をかけようとしている自分の前に立ちはだかっているような気がした。
その景色は自分の心が作り出した幻覚だとわかっていたのに、アリアはそれに、心の奥の何かが解けていく感覚を感じた。
同時に、機体のバランスが崩れる。
アリアにはもう、それを立て直すことはできなかった。




