夏はまだ終わらない
コヒー・レンスと名乗った魔剣使いの、衝撃的な告白により生まれた静寂を破ったのは、1機のTDだった。
ブースターでもつけているのかと思うほどの猛烈な速度で迫る、《ストリージ》の姿を見て、エストは息を呑んだ。
「サヤカ!すごい速度で接近してる奴がいる、あれは……特攻だッ!」
あの機体は、体当たりをするつもりだった。たとえそれが爆弾や砲弾でなくても、TDサイズのものがTDクラスの速度で突っ込んでくれば、クレートレッフのダム部分などひとたまりもない。
アオイとベルナテットに連絡がつけられない今、エストはサヤカからの指示を仰がなければならなかったのだが、サヤカからの返事はない。
「くそっ、いじけちゃって!」
エストはコックピットのコンソールを叩いた。
——自分だけで、なんとかするしかない。
そう判断したエストは、手にした支援火器を捨て、フーシャの《フォーレン》に向けて跳んだ。
——アオイは、大丈夫だ。だってあの敵は、アオイの説得に来たんだから。
落ち着かない心を宥めながら、出来る限りの速度で飛ぶ。
左膝を砕かれた《フォーレン》の隣に立ち、エストはフーシャに声をかけた。
「フーシャ、生きてる!?」
『まぁ、すとちゃんが頼み事なんて、珍しいですね』
「どうでもいい!話聞いてたの!?」
『聞いていましたよ、最初から。わたしも流石に驚きましたね、すとちゃんは眠れなくなっていませんか?一緒に寝てあげましょうか?』
「いらない!っていうか、聞いてたんなら出てきなさいよ!」
エストは怒鳴った。しかし、すぐに口を閉める。なぜなら、フーシャ出てかなった理由に心当たりがあったからだ。
「いや……ごめん、言いすぎた」
『まぁ。すとちゃんが素直に謝るなんて』
「関係ないでしょ、今は」
『そうですね。では……すとちゃん、どんな策が?』
「……フーシャに狙撃してしまうつもりだったんだけど」
エストはそれ以外、何も考えてはいなかった。
ジェットエンジンのオーバーロード寸前の速度で突っ込んでくる相手に当てられる武器も、当てられる腕も、フーシャにしかないと、そう確信していたからだ。
「まぁ。すとちゃんに信頼してもらってるんですね、わたし嬉しい』
「うるさい!時間ないんだから、早く隠れるよ!」
エストはフーシャを怒鳴りつけ、両腕でフーシャの《フォーレン》を抱き起こした。左脚の膝から下が見事に消えていたが、エストが支えてやれば移動は可能だろう。
エストは特攻をかけようとしている敵機に気づかれないように、ゆっくりとフーシャの機体を建物の影へと運んだ。
正面からでは流石に回避されてしまうため、後ろを取った状態で狙うためだ。
狙撃のタイミングは、現在地からクレートレッフ基地まで続く山道に敵機が侵入し、最初のカーブに差し掛かった瞬間。どんな機体でも、その瞬間だけは減速する。先日のかけっこの時のアオイでさえ旋回時はある程度減速したのだ。
T字路に陣取ったエスト達の頭上を、凄まじい速度でTDが通過していく。
『すとちゃん、質問があるんですが』
「何?集中してよ、外しても知らないよ?」
『すとちゃんは何で、そんなに必死なんですか?』
「……どうでもいいでしょ。私はただ、誰かにお世話してもらって、甘えるだけなのが嫌ってだけ。アオイにだって、サヤカにだって、フーシャにだって」
『……まぁ。ではどうして、わたしに頼ったんですか?』
フーシャを頼った理由。そんなものはわかりきっている。
「……信用してるから。今の私より、フーシャの方がずっとすごい。今の私に出来ないことでも、フーシャなら出来るって思ってるから」
『……まぁ、では、頑張るしかありませんね」
フーシャは手にした狙撃用ライフルを構えた。
何度か不思議そうにライフルを操作して、1発も撃たずに構えを解く。
「……なんかあったの?」
ライフルに異常があれば大変だ。全て諦めて、基地の部隊に全て任せるしかない。
そう心配したエストに伝えられたフーシャの一言は、予想もつかない一言だった。
『すとちゃん、抱いてください。後ろから、ぎゅーっと』




