虚な影
「サヤカが、わたしのお姉ちゃんを……?」
『そう、3年前、フィオナで、私たちを見殺しにしたモリニア軍の1人、それなのに、アオイはサヤカの味方をするの?』
「サヤカ……それは、本当なの?」
——殺した。サヤカが、わたしの姉を。
アオイはサヤカに問いかけながら、脳内でその言葉を反芻していた。
いつの間にか頭痛は引いており、微かに痛みの残る頭でその言葉の意味を考えていた。
『……違う。アオイ、違うの。あれは……』
サヤカの声は、震えていた。その尋常ではない怯えた声は、それが事実であるということを、如実に伝えていた。
——違う。違うんだよ、サヤカ。わたしは、サヤカを咎めたいとか、そういうのじゃ、ないんだよ。
——ほんとうに、気にしていなかった。
突然、姉がいたと言われて、それをサヤカが殺したと言われれば、本当なら、怒ったり、泣いたりするべきなのではないか?
アオイは、そう思っていた。わたしの動揺を誘う為の嘘なのではないか?つい、そう考えてしまうくらい、他人事のように思えてならなかったのだ。
だから、サヤカがそれを気にすることはないのだ。
震えるサヤカにアオイはそう言おうとしたのに、うまく言葉にならなかった。
「サヤカ……!」
『……ごめん』
それだけ言って、何も聞こえなくなった。サヤカがペパーティア・システムの音声を切ったのだ。
サヤカに自分の気持ちを伝えるためには、どうすればいいだろう。そうアオイは思案した。
手にしたナイフを振るい、目の前の魔剣使いをズタズタに引き裂いてしまえば、サヤカに気持ちは伝わるだろうか。
いや、そもそも、わたしの気持ちを伝えれば、サヤカが傷ついてしまうのではないか?
サヤカが3年前からずっと、わたしを遠ざけてきたのは、わたしといるとサヤカは苦しい思いをしてしまうからではないのか?
アオイの思考の中に、影が差した。
影はどんどん広がっていき、アオイの手から、何か大切なものを掠め取っていく。
——もし、サヤカがわたしを拾った理由が贖罪であったなら。わたしはサヤカを傷つけ続けてきたということ?
痺れ切った心が機体に届き、《グラニ》の手から対装甲ナイフが落ちて、乾いた音を立てた。しかしそれは、アオイには届かなかった。
————
苦しかった。どうしようもないほどに。
サヤカは真っ暗になったペパーティア・システムの中で、目を覆っていた。
——これは、罰だ。ずっと本当のことを黙っていた私への。
本当は、わかっていた。
トリエラに言われる前から、アオイがすでにおかしくなっていたことを。彼女の心がアカネとの記憶を拒絶していることを。
サヤカは、それに甘えていた。
「サヤカのためだ」と言って、妙きちりんなことをするアオイの、久々に会って、目をほんの少しだけ輝かせたアオイの、自分を見つめるまっすぐな目に、憎悪の色が混ざるのが怖かった。
だから、言い出せずにいた。
先月、泣きながらキスしてきたトリエラにも、「言わないで」と言って、甘えた。
アオイを、傷つけた。
クレートレッフに来てからここまで、一体何回、アオイに素っ気ない反応をしてしまっただろう。その度に何回、あの瞳を曇らせてしまっただろう。
——一体、いつからこんな風になってしまったのだろう。どこからおかしくなってしまったのだろう。
サヤカは、ペパーティア・システムの椅子の上で膝を抱え、額を乗せた。
もっと早く、アオイに打ち明けることができていたら。もっと早く、アオイの変化に気づいていれば。もっと早く、アカネを助けることができていたら。
「……ごめんなさい」
いつの間にか、サヤカの口から言葉が漏れていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
——軍人になろうとしなければ、アカネ達を引き止めることができていれば、研究のしすぎで倒れたお姉ちゃんにすぐに気づいていれば。こんなことにはならなかったかもしれない。
今まで積み上げてきたものが、土台から崩れたような気がした。
真っ暗なペパーティア・システムの中に、光の無い空間が広がって、少しずつそこに吸い込まれていく感覚を、サヤカは味わった。
不安はない。むしろ、安心する。
このまま、いなくなってしまえれば、どれだけ幸せだろうか——。
そんな思考を打ち崩したのは、一つの警報の音だった。




