静かに消えたあの影を
「あなたは……誰?」
アオイの口から、呟きがわずかに溢れた。
その呟きの真意を、原理はどうあれ、機体が読み取ったのだろう。
外部スピーカーが勝手に稼働し、白いTDのパイロットの魔剣使いに、アオイの声を届けた。
『誰……?まさか、アオイ?アオイ・モーントシャイン!?』
魔剣使いはアオイの名前を叫んだ。
ペパーティア・システム経由で聞こえたのだろう。エストとサヤカの息の飲む音も、アオイには確かに聞こえた。
「なんで、わたしのことを……」
『当然でしょう!何年一緒にいたと思ってるの!?アオイ・モーントシャイン!戦時中のTD撃墜スコアは92機、第815TD長距離侵攻打撃中隊“ランサー”のスーパーエース!ずっと、ずっと憧れだった……。ずっとそばで見てきた!』
第815TD長距離侵攻打撃中隊“ランサー”。先月、敵同士となって再会したギエレンが率いた|シュツゥルム・イエーガー《吶喊猟兵戦術》による長距離攻撃を主任務とした部隊だった。
当時7歳のアオイをパイロットとして徴用しなければならないほど、人員の入れ替わりが激しい部隊だった。しかし、目の前の魔剣使いが、“ランサー”の隊員であったという記憶はアオイには無かった。
そこまで意識したアオイにふと、痛みが走った。《グラニ》に長時間乗り続けた時の、ハンマーで殴られたときのような痛みではない、胸の奥が締め付けられるような痛みが。
アオイの脳裏に、景色が過った。
その景色の中でアオイは抱かれていた。アオイを抱き、優しい声をかけてくれる誰か、それに声をかける誰か。
2人の表情はわからない。顔を覆うように黒いもやがかかっていたからだ。
表情の読めない2人が、何かを話している。
一番近くにいるはずの黒い髪の誰かの声は、どういうわけか聞こえなかった。
もう一人の声はとぎれとぎれであったが、どうにかアオイの耳に届いた。
「私達なら出来るよ……。だって私はラッキーガールだからね」
視界がフラッシュした。
真っ白に染まった視界が元に戻ると、そこは誰かの腕の中ではなく、《グラニ》のコックピットの中だった。
「うっ……ぉぁっ」
痛みに呻きながら、アオイは先ほど見た景色と聞いた言葉を咀嚼していた。
「あれは……誰……?ラッキー、ガール……?」
『アオイ、思い出したの!?私だよ、コヒー・レンスだよ!アカネと、ずっと一緒にいたでしょう?』
「コヒー……?アカ、ネ……?」
アカネ。
その言葉を脳裏に浮かべた途端、アオイの頭に凄まじい痛みが走った。
身体全体がその言葉に拒否反応を示しているかのような痛み。身体をダンゴムシのように丸めてしまいたくなるほどの痛み。
そのアオイの様子に気づいたのだろうか。コヒーと名乗った魔剣使いは続けて捲し立てる。
『アオイ!私と一緒に来て!そうすればアカネも喜ぶ!』
サヤカもあからさまに焦った雰囲気で叫んだ。
『アオイ、聞かないで!早くその機体を、魔剣使いをっ……』
2人の叫びは、アオイにはもう聞こえていなかった。傷に塩を塗られているような、そんな気持ちに支配されていた。のたうち回りたいほどの痛みをコックピットシートに固定されている手足をぶんぶんと子供のように振り回すことで発散し、どうにか叫ぶのを我慢するので精一杯だった。
「アカネ……?お姉ちゃん……?誰だ……?」
『アオイ!早く行こう!クルストだって、受け入れてくれるよ、アカネだって……』
『そいつの言うことを聞かないでッ!!』
サヤカが、普段の様子からは考えられないほどの叫び声をあげ、コヒーの声をかき消した。
その声は一瞬、途切れかけていたアオイの意識を繋ぎ、わずかに《グラニ》の右手を動かした。
右手に握られた対装甲ナイフが振り上げられて、《グラニ》の右手を掴もうとしたコヒーの左腕を弾いた。
弾かれるように後ろに跳び、手にした対装甲ナイフを順手に構えた。
気を抜けば意識すら奪われてしまいそうな痛みに耐えながら、ナイフの切っ先をTDを向ける。
その切っ先は、初めてナイフを持った子供のように揺れていた。
金髪の魔剣使い、コヒーの方はというと、アオイに拒絶されたことが信じられないと言いたげに、左腕を震わせていた。
『どうして……どうして!?アオイもサヤカがいいの?サヤカは……サヤカは……』
『エスト、撃ってぇッ!』
『馬鹿ッ、アオイに当たるでしょう!?』
エストとサヤカが、大きな声で怒鳴り合っている。しかし、アオイにはその声の意味は届いていなかった。
先月から意識し始めた喪失感、その答えが見つかるような、そんな気がしていたからだ。
『サヤカは、ハタエ・サヤカは……アオイのお姉ちゃん、アカネを殺したんだよ!?』




