夏はまだ終わらない その3
アオイの背後から、大きな爆発音が聞こえた。サヤカの声は、まだ聞こえない。
目の前のコヒーは何もせずにアオイの姿を見ていた。やろうと思えば、すぐに撃墜させられるだろうに。
『アオイ……私と一緒に来てくれる?』
「ぅっ……ぉっ……」
アオイは息を呑んだ。今すぐこの場から逃げ出してしまいたいという気持ちに反して、機体は一歩も動くこともできなかった。
操縦桿は機体側から完全にロックされてしまい、それに固定されている両手は自分の額に流れる汗を拭うことすら許されなかった。
動かすことができたとしても逃げられるかどうかは別の話だが。
思考を巡らせるアオイと、魔剣を構えたままそれを見るコヒー。膠着する状況を破ったのは、3つの照明弾だった。
『あれは……くそっ!』
キラキラと輝く照明弾を見上げたコヒーはそう毒づいて、ゆっくりと後ずさりする。
『アオイっ、必ず、必ず迎えに行くからね!』
コヒーはそう言い残し、後退。
これでようやく、クレートレッフ基地をめぐる戦いが終わったのであった。
————
「……サヤカは!?」
戦闘の終了後、味方に回収されて基地に帰ってきたアオイは、真っ先にCPに向かい、他の管制官たちにそう聞いた。
「サヤカさん……?戦闘終わったら、すぐに出て行っちゃったけど……?何かあった?」
「あっ……えっと……」
敵のパイロットからサヤカが自分の姉を殺したと言われたから、それの真偽を確かめにきたとは、口が裂けても言えなかった。
口どもるアオイに、管制官の1人が声をかける。
「気にしなくても大丈夫ですよ、アオイ中尉。初めて実戦の管制をした人には、よくあることだから……。今はそっとしておいてあげて」
「そう……ですか?」
「そうですね。アオイ中尉も休んでください。ゆっくり休んで、落ち着いてから、話してみればいいと思いますよ」
管制官の1人はそう言って、アオイを部屋から押し出した。
————
——命を奪った責任を取らなければならない。
そう誓ってから、3年にもなっていた。
責任を取らなければ、取らなきゃいけないと、3年間、自分に言い聞かせてきた。
本来大学を卒業してから入隊する予定を繰り上げて、軍に入ったのも、そのためだ。
ふいにサヤカは、夢から覚めるような感覚を覚えた。
——ここは、何処だろう。
本能的な疑問に対して脳が働くと同時に、先程の出来事がフラッシュバックした。
『サヤカは、ハタエ・サヤカは……アオイのお姉ちゃん、アカネを殺したんだよ!?』
敵のパイロットが叫んだ、非難の言葉。
それが与える痛みに軽い吐き気を催したことで、サヤカは自分が何処にいるのかを思い出した。
——自分の部屋だ。
戦闘が終わってすぐ、逃げるように管制室から飛び出して、自分の部屋に閉じこもったのだ。
「ねぇ、サヤカ」
枕に顔を埋めたままのサヤカに、誰かが声を駆けた。アオイの声だ。
おそらく廊下側から背中を預けているのだろう。木製の扉がわずかに軋む音が、真っ暗な部屋の中に響いた。
「……ごめん」
「気にしてないよ。だって、サヤカは話す気だったんでしょう?作戦が終わったら話したいことがあるって、こういうことだったんでしょう?」
「……」
「わたしを動揺させたくないから、全部終わったら話すって言ってくれたんでしょう?わたしのことを、考えて言ってくれたんだろう?」
——違うよ、アオイ。
サヤカは頭の中で、わずかに変声期前の低音が残る声にかぶりを振った。
ずっと、後回しにしていただけなのだ。
罪悪感に耐えられなくなって、ようやく言おうと決意できたという、ただそれだけでしかないのだ。
アオイから大切なものを奪って、それをずっと黙っていて、あまつさえそれでアオイに慰められる。それは、サヤカにとって、とても惨めなことだった。
頭では正しくないとわかっていながらも、どうしようもないことだった。
「……ごめん、アオイ」
「……サヤカ?」
——いつの間にか、こんな風になってしまったんだろう。
「1人に……させて」




