後半戦 その2
蒼月の黒い刀身が、わずかに蒼く輝いた。
同色の軌跡を描き、魔剣の切先が《グラニ》に向けられ、楔形の光が放たれた。
アオイは咄嗟に地を蹴った。《グラニ》のすぐ横を光が通り過ぎて、背後の建物を格納されたコンテナごと吹き飛ばす。
「トリエラ、ベル、撃て!魔剣を使わせるなッ!」
トリエラとベルナテットは、即座に発砲した。降り注ぐ徹甲弾の間に混ざった榴弾が炸裂し、白い魔剣使いのTDが土煙に覆われた。
しかし、楔形の光はすぐに土煙を切り裂いた。ベルナテットはぐるりとバレルロールして回避。トリエラの機体に光が迫る。
『……ッッ!!』
トリエラは、咄嗟に楯を構えた。
『……馬鹿ッ!避けてッ!』
ベルナテットが叫んだ。それが届くより先に、光が楯を貫いた。抵抗は無かった。真夏の野外に置きっぱなしにしたバターを切った時よりもあっけなく、光は厚さ50センチの鋼鉄を撃ち抜いたのだ。
『あぁぁぁッ!』
同時に、トリエラの《フォーレン》の左肩が吹き飛んだ。機体のバランスが一瞬で崩れ、落下。
白い魔剣使いのTDは、落下するトリエラのTDに切っ先を向けた。きりもみ回転で落下しているトリエラには、回避行動なんてできそうになかった。仮に魔剣の一撃が外れたとしても、頭から地面に激突してしまえば、コクピットごと押しつぶされてしまう。
「ベル!」
アオイはとっさに叫んで、アサルト・ライフルの銃口を白い魔剣使いのTDに向けた。
そのまま発砲。弾倉全ての60㎜榴弾を吐きだし、アオイは地を蹴る。
アオイは敵に接近しながら、アサルト・ライフルを撃ち続けた。高熱を纏った薬莢が宙を舞い、放出された熱が視界を白く滲ませていく。
TDの装甲どころが、戦車の装甲すらズタズタにしてしまえるほどの弾丸の連射を受けながらも、白い魔剣使いは微動だにしなかった。
切っ先をアオイのもとにゆっくりと向け、黒い刀身が蒼く染まる。
『アオイッ!』
誰かの叫び声が聞こえた。同時に、発光。魔剣の刀身から放たれた、実体を持った光そのものとも言うべき致死の一撃が、アオイに迫る。
アオイは咄嗟に、足のペダルを踏み込んだ。
数時間の酷使により焦げ付いていたシュヴァルベ・ユニットのノズルが、火を吹いた。
生み出された推力が、機体を右にずらした。そして、数瞬前に自分がいた場所を、光が通り過ぎていく。
一瞬の安堵。直後に、爆音。
先ほどダメージを受けていたノズルで、無理やりアフターバーナーを吹かそうとしたからだ。左側のノズルの先端が火を噴いている。
「くそっ……」
アオイは毒づきながら、左腰のシュヴァルベ・ユニットを切り離した。落下したユニットからジェットエンジンが脱落し、建物に激突。建物を火に包んでいく。
――怯むなっ……怯むなッ!
機体の脚を踏ん張り、右に寄った重心を支える。コンクリートの路面を踏み砕くほどの圧力を右膝に溜め、解放。追撃の光を躱しながら、敵機に迫る。
蒼月、戦時中に幾度となくアオイを助けてくれたその魔剣にも、弱点があった。
それは、発射のタイミングが読まれやすいというものだ。刀身がエネルギーを纏って輝き、それが切っ先に集まって、撃ち出される。弾速、威力は狙撃用ライフルすら霞むほどだが、その発射のプロセス上、刀身を見てさえいれば魔剣そのものがいつ避けるか教えてくれるため、回避はそう難しくはないのだ。
「みんな、刀身を見ろッ!光った時に避ければいい!」
再び光を躱しながら、アオイは叫んだ。
刀身を見てさえいれば、回避は難しくない。逆を言えば、回避し続けるためには刀身を見続けていないといけないということだ。
戦場において一つの状況に集中し続けるというのは、心理的にリスクの多い行為だった。ほかの敵に狙われているかもしれない、魔剣を囮にして、本命となる武器を隠しているかもしれない……。
アオイがエースとして生き残ることができたのは、ある種の動物的なカンによって、その心理をうまく扱っていたからだ。今ではそれも鈍りつつあるが。
そんなアオイから見て、敵の魔剣使いの心理の扱い方は、ひいき目に見ても素人だった。もちろんそれ自体がブラフである可能性もある。しかし、まともに移動もせずに撃ち続けるその姿からは、心理戦を戦ってきたパイロットしての経験すらも感じることは出来なかった。
アオイはそんな魔剣使いのTDの姿を見て、初陣で取り乱したトリエラの姿を思い出していた。
なぜ、顔も見たことがないはずの魔剣使いに、あの時のトリエラの姿を重ねたのだろうか。
頭に浮かんだその思考を無理やり断ち切って、アオイは進んだ。
『アオイ!速く……その機体をッ!』
どこか余裕のなさげなサヤカの声に押されて、また一歩。足を進めたアオイの視界の先が、突如として白く染まった。
背後を確認すると、《フォーレン》を抱えた《アードラー》の手にあるライフルから、薄い煙が立ち上っている。どうやら、ベルナテットが発煙弾を撃ったようだ。
モニターを切り替える必要もなかった。
真っ白な霧の中、蒼月刀身が帯びる、蒼い輝きが、アオイに敵機の位置を知らせてくれたからだ。
『アオイッ!速く!』
サヤカの言葉に突き動かされるように、手にしたアサルト・ライフルの銃口を向けた。
——このまま引き金を引けば、終わりだ。
その思考のまま、アオイは引き金を——
——いや、あれは、何だ?
アオイは、視界の中で輝く、光の輝きに気づいた。
——あれ、切っ先にしては長すぎないか?あれは……。
脳裏に浮かんだ、一つの答え。
それが言葉になる前に、アオイは後ろに飛んだ。刹那、
振り抜かれた蒼色の刀身が、煙幕を《グラニ》が手にしていたアサルト・ライフルごと、上下に切り裂いていた。




