後半戦
モリニア軍、クレートレッフ基地防衛部隊と『首無し旅団』の戦い。その後半戦は、一発の砲声から始まった。
『首無し旅団』が占拠した砲陣地から放たれた180mm榴弾が大きな土煙をあげ、それを合図に殿部隊が次々と街中に突入する。
同時にモリニア軍、クレートレッフ基地防衛部隊も行動を開始、真夏の一戦は、最終局面に移りつつあった。
「……ん、了解」
『アオイ、何かあったの?』
サヤカからの指示を受けとったアオイに、トリエラが声をかけてきた。
「レンカ大尉と砲撃支援だってさ」
アオイは、榴弾入りの弾倉が装着されたアサルト・ライフルの安全装置を外しながら答えた。
「エストとフーシャは目標の砲陣地に砲撃、トリエラはわたし達と一緒に2人の護衛しろって」
『了解』
『了解です』
エストとフーシャはすぐに答え、手にした狙撃用ライフルと支援用ライフルを近くの建物に乗せた。
偽装用のハリボテ屋根が崩れ、無機質な金属板が姿を現す。補給用コンテナの天板であるそれは、凄まじい重量を持つTD用の大型火器の質量をしっかりと支えた。
そして、そのまま発泡。
リズムの異なる炸裂音が響き、弾丸がオレンジ色の放物線を描いて飛んだ。
弾丸が地面に突き刺さり、土色の柱が弾けた。
「エスト、近い」
アオイは拡大されたモニターの映像を眺めながら、エストにそう伝えた。
『んっ……了解』
エストは普段とは違うおとなしい口調で、ゆっくりと銃口を持ち上げ、再び発砲。
「遠い」
発砲。
「少し近い」
発砲。
「少し遠い」
発砲。
「少し右」
お互いの発言に怒気が混ざり、互いの理性が溶けそうになったころ、エストの放った弾丸が目標の砲陣地に吸い込まれていき、勢いよく火の手が上がった。
誰がどう見ても、偶然の一撃だった。
しかし、エストは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、すぐにニンマリした笑顔を浮かべた。
『アオイ!当たったの見てたよね、見てたよね!?』
ニンマリとした笑顔をアオイに向けるエストの姿を見て、フーシャは大きく目を見開いた。
フーシャの瞳の奥が微かに揺らいだ。しかし、すぐに取り繕うとするようにいつもの笑みを浮かべた。
『あっ……まぁ。すとちゃん、横取りは良くないですよ』
『当てられなかったフーシャが悪いんだよ!』
『まぁ、そうですか』
くすくすと笑うフーシャの声に、大きな轟音が重なった。炎に包まれた砲陣地から、一発の砲弾が放たれたのだ。
——当たるわけ、ない。
砲弾は確かにこちら側に近づいてきているものの、回避を行うほどではない。そう頭では判断していつつも、砲弾が近づいてくる光景は心臓に悪い。
アオイが待機の指示を部隊の面々に伝えようとした瞬間、砲弾が炸裂した。
撃ったのは、フーシャだ。狙撃用ライフルのマズルから、白い煙が上がっている。
今度は、エストが絶句する番だった。
実際に、アオイも絶句していた。砲弾を狙撃するなんて曲芸を、実戦でやる奴はいない。そう思っていたからだ。
アオイが完璧な整備をされた機体とライフルを使っても、あれほどの芸当は20発に1発がいい所だろう。
アオイ達の思考を読んだのだろうか。フーシャはニンマリとした、心からの笑みを形作った。フーシャはエストの反応が何よりも面白いと言いたげに、おもむろに狙撃用ライフルを構える。
3発、発砲。
放物線を描いた弾丸は、吸い込まれるかのように砲台に命中、かろうじて繋がっていた柱をへし折り、砲陣地を沈黙させた。
『見ましたか、すとちゃん。当てられなかったんじゃありません、当てなかったんです』
「……」
アオイも、エストも、再び絶句した。最早、パチパチと手を叩き、純粋な賞賛の気持ちを表現するしかなかった。
手を叩こうとして、アオイは自分の両手が操縦桿と接続されており、自由に動かせないことを思い出した。
「ねぇ、サヤカ。これ、ちょっと不自由だよねぇ……」
「……」
サヤカは答えなかった。
「えっと……サヤカ?聞こえてる?」
アオイはスピーカーの音量を上げた。すると、微かに、サヤカの荒い息遣いが聞こえた。
「サヤカ……?」
続きの言葉を紡ごうとした時、コックピット中に警告音が鳴り響いた。
誰かが狙っている。警報が鳴るレベルの距離だ、たいして離れてはいない。
「……散開!飛べッ!」
咄嗟に、アオイは叫んだ。
モニターの端に映ったエスト達の表情が変わり、3機の《フォーレン》と1機の《アードラー》がゆっくりと浮かび上がった。
しかし、どこかから飛来した何かが、狙撃用ライフルを持ったフーシャの《フォーレン》の右脚の膝から下を吹き飛ばした。
『きゃぁぁぁっ!』
『フーシャ!』
「銃声が無い……まさか……!」
体制を崩したフーシャの機体を、エストの《フォーレン》が支えた。その光景を視界の端で捉えながら、アオイは撃った敵を探す。
そして、それは来た。
蒼い光。輪郭すら把握できないほどの、眩い光。
脳裏がちりちりする、妙な感覚を感じながら、アオイは咄嗟に盾を掲げた。
掲げた盾と、光が激突した。光が眩く弾け、盾の上半分が消えた。
——わたしは、これを、知ってる。
上半分が消えてなくなった盾を捨てながら、アオイは敵を見つめる。
白い、TD。
ギエレンが使っていた機体と同じものだった。
しかし、左腕が右腕と同じように普通の腕になっていた。
1番目を引くのは、右手に握った剣だ。
わずかに蒼い光を纏う、黒い刀身の剣。
シンプルな刀身に、ある種の妖気とも言うべきものが纏わりついており、数百メートル離れたアオイにも、それの放つ存在感が伝わってきた。
『なんで、あれが……?』
剣の正体に気づいたのだろう。先程まで沈黙を守っていたサヤカの口から、絞り出すような言葉が漏れた。
「蒼月……」
その剣の名は、蒼月。かつてアオイ・モーントシャインが操った、モリニア最強の魔剣の名前だった。




