ハーフタイム
剣を振り下ろそうとした瞬間、コックピット全体を強い衝撃が襲った。
コックピットシートから浮き上がってしまうほどの衝撃と共に、機体全体が地面に沈み込む。上半身を叩き割ってやらんと振り下ろした長剣は敵機をかすめただけで、路面に叩きつけられていた。
——一体、何が。
アオイの思考を読み、それに応えるように、モニターには一つの警告が点滅していた。
「empty」真っ赤に染まったシュヴァルべ・ユニットの隣には、そう表示されていた。つまりは、燃料切れだ。
戦闘中のほとんどの時間、アフターバーナーを点火し続けていたため、本来よりずっと早くに燃料タンクが底をついたのだ。
突進の推進力を失った機体は剣尖を敵に届けることのないまま、ぐらりと膝をついた。
「ぐっ……」
そこまでを認知し、再び剣を振り上げようとした時、アオイに異変が起こった。
あまりにも強く集中していたからだろうか。脳の芯の部分がじんと焼けるような感覚と、つい操縦桿から手を離しそうになってしまうくらいの目尻の痛みが、アオイを襲う。
どうにか剣を持ち上げ、一回振り下ろすだけで、勝負がつく。そうわかっているのに、アオイは機体を動かすことはおろか、自分の指先一つ動かすことすらできなかった。
『……やるな、モリニアのパイロット。いや、機体の力か?』
頭痛でいっぱいのアオイの思考の中に、クルストの言葉がするりと入り込んできた。
『ああ、そうか……。あの動き、その機体が例の第3世代機か。つまり、君がギエレンを殺った魔剣使いということかな?』
その言葉に、すぐ返すことはできなかった。
息を吸って、吐く。それだけの無意識で行っているはずの動きでも、脳の芯がズキズキと痛み、アオイの思考を妨げていたからだ。
『……ア…イ!早……いて!』
『……オ…!なに……った…!』
誰かの声が、アオイの鼓膜を揺らした。
しかし、今のアオイの脳内では言葉はすぐに霧散してしまい、意味を読み取ることはできなかった。
『……君には恨みはないが、ギエレンの仇は討たせてもらおう』
クルストは右腕に格納された対装甲ナイフを引き抜き、ゆっくりと振り上げていく。
しかし、アオイにはそれも他人事のように見えていた。日光を浴びて鈍く輝くナイフの刀身も、それが命を奪うことのできる武器としての存在感をアオイに与えることはなかった。
振り下ろされる対装甲ナイフの輝き。
それは一瞬でコックピットの装甲を貫き、アオイの体を消し飛ばすだろう。
そこまで認識して、ようやく。
アオイは自分が窮地にいることに気づいた。
弛緩した思考がようやく引き締まり、頭痛が遠のいていく。
咄嗟に左腕を掲げ、対装甲ナイフの一撃を受ける。装甲板がいくつか剥がれ、外装にぶつかり、がん、がん、がたん。と音を鳴らした。
同時に、掲げた左上げにより軌道を逸らされた対装甲ナイフの切先が、機体の側頭部の脇、1メートルもない距離を駆け抜けていく。
「くっ……」
機体の状態を示す画面に、少しずつ警告を示す赤が広がっていく。肘と膝の関節を中心に、極めて強い負荷がかかっているのだ。
『アオイ!早く下がって!あと10秒!』
サヤカの声が、はっきりと聞こえた。
その声に導かれるように、《グラニ》の右腕が脇に格納された対装甲ナイフへと伸びる。
鞘から抜きながら振り上げられた対装甲ナイフはクルストのTDの胴体部の装甲をいくつか弾き飛ばし、5メートルほど距離を離させた。
太陽の光を反射して輝いた刀身に弾かれるようにして、アオイは地を蹴った。
ずきずきと痛む脳に顔を顰めながら、アオイはすこしでもクルストの機体から距離を離した。
しかし、シュヴァルべ・ユニットのジェットエンジンの燃料は尽きているため、加速は極めて鈍い。いくら脚だけで距離を離しても、向こうがジェットエンジンを吹かせば、一瞬で距離を詰められてしまう。ついでに、ライフルは弾切れだ。
ベルナテットがライフルを撃ち、どうにか接近させないようにしているが、それも時間の問題だ。
アオイはどうにか敵を接近させまいと、右手の対装甲ナイフを構え直した。瞬間。
突然センサーの死角から3機のTDが姿を現した。
装備は全員違うものだが、機種は全て《フォーレン》。つまり、トリエラ達だ。しかし、なぜここに?低空飛行なら、レーダーの視界から接近することもできるだろうが、上から狙い撃ちにされる危険があった。基地を直接攻撃した部隊はもう撃破したということだろうか?
3機の《フォーレン》のうちの1機、狙撃用ライフルを装備した機体はアオイの脳裏に浮かんだ疑問には答えず、クルストのTDに向けて発砲した。
発砲の音と光で、ようやく気づいたのだろう。クルストは回避行動に入ろうとした。しかし、完全に不意をつかれたこともあり、反応が遅れる。
《フォーレン》の放った狙撃用の徹甲弾がクルストの機体の肩の装甲を吹き飛ばした。
『なに……!?一体どこから……』
クルストが呻いた。それをかき消さんと、残り2機の《フォーレン》が発砲。
弾丸が路面を貫き、瓦礫が舞う。
『援軍……?アリアもやられたのか?くそっ!』
肩の装甲を吹き飛ばされたクルストはそう毒づき、後退。
予想外の強敵との一戦は、ひとまずの決着を迎えたのだった。




