自分にしかできないことを その3
とんでもない勢いで迫り来るクルストのTDが、突然アンカーを放ってきた。
無理に回避しようとすれば、クルストに追いつかれてしまう。
アオイはジェットエンジンのノズルの向きだけそのままに方向を変えて、迫りくるアンカーの先端を見据えた。
アンカーはすぐそこまで迫ってきており、一基ずつ撃ち落とすことはもう不可能だった。それに、だいぶ無理な姿勢で高速飛行している状態では上手く狙いをつけることも出来なかった。それでも、
――出来る、出来るはずだ。
アオイは、そう信じた。
《グラニ》にはモーションパターンやプログラムに存在しないはずの動作を行うことができる力がある。
機体とパイロットを接続することで、自分の身体がそのまま大きくなったかのような錯覚を感じさせるほどの追従性を産んでいるのだ。この機体を手に入れてから、その力に何度も助けられてきた。しかし、時速数百キロで後ろに跳びながら剣を振る経験など、アオイにはない。
それでも、信じた。
脳裏に浮かぶ、自分の手の剣で迫り来るアンカーを切る光景を。
その時、モニターの端に映る長剣の切先が、わずかに蒼く輝いた——気がした。
長剣が蒼がかった鈍色の軌跡を描き、2基のアンカーの先端を切り飛ばした。
同時に、《グラニ》がアンカーを射出した。離れた位置にある少し高い建物に先端が突き刺さり、シュヴァルベ・ユニット内部のリールが回転し、凄まじい勢いで軌道が変わる。
コックピットの衝撃吸収機構すらアフターバーナーとアンカーリールが生み出す凄まじい加速には意味を成さず、椅子から浮かび上がってしまうような反動を感じた。
押しつぶされそうな意識をどうにかして繋ぎ止め、モニターの端の地図に浮かぶ光点に向けて、ノズルの向きを変える。
アンカーが刺さった建物を軸に、機体がぶんぶんと振り回される。
剣の鞘やシュヴァルベ・ユニットを機体に接続するアームからぎぃ、ぎぃ、と軋む音が聞こえる。
座り心地は最悪に近かった。しかし、自分でも制御しきれないその挙動は、クルストにも捉えきれていないようだった。
相対する3人のエースパイロット、その誰もが反応できないほどの凄まじいスピードで、《グラニ》はアンカーが突き刺さった建物に突っ込んだ。
激突する一瞬前、アオイはアンカーを切り離した。
速度の軸を失った《グラニ》は勢いよく投げ出された。
急速に近づく光点の姿を確認しながら、アオイはジェットエンジンのノズルの向きを変えて、わずかに勢いを殺した。そして、ゆっくりと左手を伸ばす。
左手を伸ばした先にあるのもの、モニターの端に映る地図の、光点のあるべき場所にあるものは、
コンテナから伸びた、手のひらサイズの——あくまでTD基準での——四角柱。モリニア軍の正式アサルト・ライフルのグリップだ。
「くっらぇぇッ!」
アオイは半ば絶叫しながらアサルト・ライフルを引き抜き、クルストのTDに向けて構えた。
一瞬でアサルト・ライフルと機体が接続され、モニターの端にアサルト・ライフルの状態が表示される。装弾数、銃身状態、エトセトラ。
視界の端に映ったそれを、どういうわけか機体の接続の時と同じか、それ以上の速度で脳に叩き込んだアオイは躊躇せず引き金を引いた。
銃声。
立て続けに響く爆音の中、次々とアサルト・ライフルから空薬莢が吐き出され、モニターに映る装弾数が1秒ごとに数十発の割合で吹き飛んでいく。
同時にベルナテットも発砲、2方向から同時に放たれた弾丸が、クルストに殺到する。
しかし、クルストは先ほどベルナテットの射撃を回避したのと同じように、見事な足捌きで器用に銃弾を躱してしまう。
——本気で避けに入ったTDには、銃は当たらない。それなら……
クルストの回避行動を見たアオイの脳裏に、かつてのギエレンの姿がよぎった。そして、その対処法も。
避けに入ったTDには、接近戦。
その言葉と共に過る、微かな闘志の炎。
アオイは右手の長剣を、腰に構えた。
先月、モリニア軍の敵として立ち塞がったギエレンの剣と、同じ動きだ。
腰を落として、敵を見る。
本来なら、あの妙な形の剣を相手に接近戦を仕掛けにいくのは、ただの自殺行為だ。
しかし、もし、あの剣の妙な形が、《《攻めに特化した形状》》でなかったなら。
一撃の威力と軽さに重きを置き、耐久性などはなから捨てている。そんな設計でなければ。
——わたしは、死ぬ。
『うぉぉぉぉぉぉッ!』
アオイは一瞬の躊躇を咆哮でかき消して、跳んだ。
——通るはずだ。
アフターバーナーによる爆発的な加速が、アオイとクルストの距離を一瞬で詰める。
クルストは、手にした剣を構えた。
彼の剣の間合いまで、あと3秒。
アオイの視界に映るのは、ぎらりと獰猛に輝く鈍色の刀身。いま剣を振っても、武器自体の重さもあって、絶対に彼より先には届かない。
『せっかく作った距離を潰すのか!?』
クルストの驚愕の声と共に、鈍色の切先が頂点に達する——瞬間。
《グラニ》が左手に持ったアサルト・ライフルが火を吹いた。
吐き出された40mm徹甲弾が、クルストのTDに迫る。が、しかし、クルストは先ほどと同じように、器用な足捌きでこれを回避。
しかし、それは、アオイの計算の内だった。
あの特徴的な回避起動に入ったクルストのTDは、剣を下ろすのだ。
3回全て、同じように。
理由は単純、そういうモーションパターンが組まれているからだ。
アオイは彼に唯一、接近戦で付け入る隙となるモーションパターンの癖を付いたのだ。
いかに剣を振るのが早くても、途中で回避を挟んでしまえば、もう一度振り上げるところからやり直しだ。
モーションパターンに存在しない挙動を行うことができる、第3世代機でもない限り。
アオイは第3世代機の特性を活かして、本来発砲できないタイミングでアサルト・ライフルを撃ったのだ。
不意の一撃で無理やり作った隙に、アオイは剣を振るった。狙いはTD本体ではなく、右手の薄い剣。
「うぉぉッ!」
制御できる限界の速度と、剣の重さを全て乗せた切先が、クルストのTDの持つ、妙な形の剣の刀身を粉々に打ち砕いた。
同時に、自らの威力に耐えきれなかった刀身の先がわずかに砕け、ガラス片のように散っていくのが見えた。しかし、それに構わず、アオイは自らの剣に意識を向けた。
この剣を、ガラ空きの肩の接合部に叩き込んでやるのだ。それだけで、全て終わる……。
アオイはその思いと共に、手にした長剣を振り下ろそうとした。




