自分にしかできないことを その2
ものすごい勢いで迫ってくる真っ白な人影が敵の増援であることに気づくより先に、アオイは剣を振るっていた。
轟音。10メートルの巨体が震え、コックピットのモニターにいくつかの警告表示が燈る。
どうやら各部の関節に大きな負荷がかかったようで、剣を持っていた右腕の肘と重心を乗せていた右膝がわずかに軋んでいる。
『……やるな。剣ごと切ってやるつもりだったのだが』
「テロリストって奴は、敵とお話しすることが好きなの?」
『切る相手のことは、ちゃんと知っておきたいだろう?それが腕の立つものなら、尚更』
スピーカーから流れてくる敵の声を聞きながら、アオイは相手の機体を観察していた。
機種は他の面々と同じ、《ストリージ》。
真っ先に目につく点は、手にした妙ちきりんな形の剣と、背中のアタッチメントに取り付けられたシュヴァルベ・ユニットだ。
TDの剣は本来、装甲を断ち割り、目標に大きな損傷を与えるためのものだ。やけに薄く、反っている刀身に、それができるとは思えなかった。
背中のシュヴァルベ・ユニットも同じだ。規格が同じなため、背中のアタッチメントに取り付けることはできるが、重心が上に傾いてしまうため、制御が難しくなってしまうのだ。
そんな癖しかない機体をわざわざ使っているのは、それだけの腕があるということか、ただの酔狂か、もしくは、あの剣が『魔剣』であるかだ。
——いや、ない。あるはずがない。
アオイは最後に浮かんだ可能性を自分で否定した。本当に『魔剣』であるならば、初撃でなぜ能力を使わなかったのか。納得のいく理由が思い浮かばなかったからだ。
『なぁ、どう思う?黒いTDの嬢ちゃんと、《アードラー》のパイロットさんよ』
敵のパイロットは飄々とした声音でベルナテットにそう聞いた。
『……思わないね』
ロングバレルのライフルを構えながら、ベルナテットはそう返す。
『なるほど……兵士としてなら、良い答えだ』
わざとらしい声を上げながら敵のパイロットは機体の頭を振った。
持っている武器は妙な形の剣のみ、それもだらんと軽く持っているだけだ。
隙だらけ。そのはずなのに、アオイ達は動けなかった。
もし引き金を引けば、もし一歩足を進めれば、地面すれくれの位置にある切先が蛇のように襲いかかってくるのではないか。そう思えてならなかったのだ。
『……一つ提案をしよう。私たちはモリニアを、世界を変えるために活動している。力を貸してくれないか?』
何を言っているのか、一瞬わからなかった。構えた剣すら微かに震えたほどだ。
『……何を言ってるの?ボクたちは貴方達の敵なんだよ?』
『なるほど……なら、黒いTDの君はどうだい?』
「わ、わたしは……」
「ふざけるな」と言うべきはずなのに、すぐに言えなかった。
アオイの脳裏に浮かぶのは、サヤカの顔。
アオイはサヤカに拾われてからの3年間、ずっとサヤカのために戦ってきたつもりだった。
自分を『サイレン』に推薦してくれたサヤカに恥をかかさないようにしよう。
サヤカが隠してる過去を、受け止められるようになろう。
サヤカの友達を守れるように、ちゃんとした小隊長になろう。
そのために活動してきた結果はどうだ?
サヤカに恥をかかせて、サヤカの傷に塩を塗る真似をして、小隊長失格の振る舞いをした。
しかし——それでも、自分の居場所はモリニア軍にあるのだ。それすら捨ててしまえば、本当に自分は何者でもなくなってしまう。アオイはそう思った。
震える切先をどうにか宥めて、敵機に向き合う。
「お断り、します」
『そうか……残念だ』
敵のパイロットは上っ面だけ残念そうな声を上げながら、ゆっくりと妙な形の剣を構えた。刹那——。
『首無し旅団団長、クルスト・トーマス、参る!』
クルストと名乗った男は弾丸のように飛び出して、上段から剣を振り下ろした。鈍色の刀身がほとんど視認できない速度で空を裂き、アオイの頭上に迫る。
アオイは剣を反射的に振り上げて、その一撃を弾いた。
アオイの機体が《グラニ》でなければ、似た一撃を先月ギエレンが見せていなければ、その一撃で終わっていただろう。
そう思うくらい、ギリギリの一撃だった。
実際、操縦桿を動かすことすらできなかったのだ。《グラニ》の剣を振らせたのは思考ではなく、ただの本能だった。
力任せに叩きつけられた刀身から、オレンジ色の火花と金属片が舞う。
モニターの端に映る長剣の刀身は打ち付けられた位置が分かりやすく欠けていた。
剣自体は軽く、咄嗟の一撃でも迎撃自体はできたものの、その代わりに威力がとんでもないことになっていたのだ。
アオイはようやく理解した。
あの薄い刀身は、伊達や酔狂ではなく、耐久性を犠牲に一撃の威力を限界まで高めたものであることを。あの軽い刀身は、限界まで威力を高めた一撃を矢継ぎ早に繰り出すためのものだと。
——近距離では勝ち目が……無い!
そう悟ったアオイは、どうにか振り上げた長剣の切先で致死の威力を孕んだ一撃を防ぎ、そのまま背後に向かって跳んだ。
「サヤカ、近くのコンテナの位置をくれ!ベルは?支援射撃は?どうなってる?」
『コンテナ!?い、位置を出します!1番近いのはC4地区、東側に100メートルです!』
モニターの端に地図が開かれ、コンテナのアイコンが燈る。
内容物、状態、位置を0.5秒で頭に叩き込み、アオイは西に跳んだ。東側のコンテナはまだ 中身こそ十分にあるものの、解放用のハンドルが回されていなかったのだ。
同時にベルナテットの《アードラー》が目的のコンテナから上空に飛び出し、両手に一丁ずつ持ったそれぞれバレルの長さの違うアサルト・ライフルを発砲。
空薬莢が空を舞い、弾頭がコンクリートの道路を割りながらクルストに迫る。
しかし、クルストのTDは前進を辞めなかった。左右に小刻みにステップを踏んだだけでそれを全て回避し、アオイに迫る。
再び剣を振り上げたクルストを背中越しに確認しながら、アオイは右手の長剣を握り直した。
ベルナテットがいくら撃っても、クルストの勢いは止まらない。このまま飛んではアオイがコンテナにたどり着くより、クルストの剣のリーチに入ってしまう方が先だろう。
アオイはアフターバーナーを点火し、コンテナに向けて加速した。




