自分にしかできないことを
「来た……」
エストはモニターの表示を眺めながら、そう呟いた。
クレートレッフ基地の正面、山道から姿を現した敵機の数は、おおよそ20。
2個小隊と3機の合計11機で構成された防衛部隊の、ほぼ倍の数だった。
『よし……来たな。全機、火器使用自由!69試験小隊は基地の中から撃て!』
既に基地前面に展開した第8小隊の隊長が、そう宣言した。
第8小隊は了解と答え、アサルト・ライフル下部の滑腔砲に装填された榴散弾を放つ。
ボンボンと音を立てて飛んだ榴散弾が上空で炸裂、無数の散弾が降り注ぎ、ほとんど装甲で覆われていない敵機の長距離飛行用ブースターを刺し貫いていった。
しかし、それで抑えることができたのは最前の数機だけで、ほとんどの機体は勢いを止めずに突っ込んでくる。
『第8小隊、装填!第9小隊は前に出ろッ!』
第9小隊はマガジン内の榴散弾を撃ち切った第8小隊の前に出て、発砲。また最前の数機が撃ち落とされる。それでも勢いは止まらない。
迫り来るTDの集団が分厚い壁のように見え、エストの《フォーレン》は少し後退りした。
エストの思考は、不安や懐疑などのマイナス方面に支配されていた。
本当に勝てるのか?出来る限り安全に配慮すると言われても、戦場に絶対安全なんてものはないじゃないか——。
『69試験小隊ッ!ぼさっとするな!』
誰かの叫び声が、エストを縛る呪縛を破った。
おそらくフーシャとトリエラも同じだったのだろう。咄嗟に手にした武器を構える。
エストもそれに倣い、手にした大ぶりな支援火器を構え、発砲した。
エストの榴散弾、フーシャの狙撃用徹甲弾、トリエラのAPFSDSが一斉に放たれた。
しかし、敵部隊は役目を果たしたブースターを切り離し、散開。いくつかのブースターに穴をあけて、花火を思わせる爆発が空に咲く。
お返しと言わんばかりに飛んできたのは、切り離されたブースターだ。あれがぶつかれば、流石のクレートレッフでもひとたまりもない。
「嘘でしょう!?」
エストは、目の前に迫るブースターを迎撃するために、支援火器をフルオートで撃ち続けながら、そう叫んでいた。
実際、長距離飛行用ブースターで敵陣まで乗り込み、燃料をほとんど使い切ったブースターを敵陣に直接ぶつける戦法は教本に書かれるほど一般的なものだ。
しかし、ダムを兼ねているクレートレッフ基地にそれをすれば、当たりどころによっては決壊すらあり得るのだ。
雨季にダムを決壊させようものなら、何万の人命が危機に晒されることになる。
戦時中もほとんどここが戦場にならなかったのは、お互いの軍がそれを知っていたからだ。
エスト達が格納庫の中で砲台代わりをしているのも、それが1番安全だとクレートレッフ基地の司令部が判断したからだ。
しかし、さすがにこれは、だれも予想していなかった。ダムを崩落させる可能性を考えてもなお、直接攻撃を狙うなどとは。
3人がそれを感じ取った瞬間、今いるこの空間は、安全な基地の中の格納庫ではなくなっていた。
ここはもう、最前線だ。
誰かが撃った弾がいくつかブースターに命中し、大きな火花を咲かせた。
その中をかいくぐって、ブースターが1つ、3人に迫る。
『迎撃……間に合わないッ!』
『エスト、フーシャ、飛ぶよッ!』
前線の誰かとトリエラの絶叫がコックピットに響く。エストはそれの意味を脳で咀嚼するより先にペダルを踏みこんでいた。
《フォーレン》アフターバーナーから赤い炎が迸り、10メートルの巨体が少しずつ持ち上がっていく。しかし、フーシャの機体は微動だにしなかった。いや、最初から避ける気は無いと言わんがばかりに狙撃用ライフルを構え続けている。
『回避して!バカッ!』
「フーシャ!」
エストとトリエラの絶叫すら無視したフーシャは、静かにトリガーを引いた。狙撃用ライフルのマズルブレーキから真っ赤な炎と轟音が轟く。
轟音と炎を突き破って放たれた弾丸は、吸い込まれるようにブースターの中央に命中し、決して厚いとは言えない燃料タンクの外装を貫いた。
燃料タンクの中央に穿たれた大穴からちらりとオレンジ色の光がほとばしり、炸裂。破片がカタパルトのレールを転がり、硬質の反響音を響かせる。
『すご……』
爆音が収まった後の静寂の中、トリエラのかすれ声が響いた。
『狙撃のコツはリラックスすることですよ』
フーシャのしてやったりと言いたげな声が、コックピットのレシーバーに届いた。
『だからって、あれは……』
「どんな妥協してんのよ……」
頭を抱えるエストの視界に、レンカ大尉の姿が飛び込んできた。
『こちらトレッフ169試験小隊、聞こえるか?』
『聞こえてます、何かありましたか?』
『貴方たちにしか、出来ないことがあるの』




