まるで月の光のような その3
アオイとエスト、2人の模擬戦が始まっておおよそ3分。
周囲から見れば、大勢は圧倒的にエストの側に傾いていた。
体力と諦めの悪さなら学校一とさえ言われるエストは、延々と剣を振り回して自分のペースを保ち続けていた。
本来であれば距離を置いて仕切り直すのがセオリーの中、あまり距離を変えずに攻勢を捌き続けるアオイも相当であるが、エストも普段格闘戦に向かない機体に乗っているにも関わらず、突きを混ぜた連続攻撃はそれを感じさせない。
そしてそんな戦闘を眺めていたトリエラは、一つの疑問を浮かべていた。
アオイはどこでTDの操縦技術を身につけたのだろうか?
あそこまでの回避技術は、一朝一夕で身につくものではない。軍にいたとしても、パイロットのような日常的にTDに乗れるような立場であるのなら、わざわざアステル・アカデミーに来る必要はないはずだ。
――まてよ、もしかしたら。
もし、アオイがアステル・アカデミーに来た理由が、パイロットになるための勉強をしに来たわけでは無いとしたら?《《なにか別な目的》》があるのだとしたら――?
他の人にこんな話をしたら、「何を馬鹿なことを」と笑われてしまうだろう。しかし、トリエラは突拍子のない妄想だとは思えなかった。
『わたしは、これ以外に生きる方法を知らないから……』
『トリエラが、気にすることじゃない』
脳裏に2人の言葉がフラッシュバックして、記憶の底にある何かを引っ張り出そうとする。
彼女の記憶を揺さぶろうと脳裏に響くのは、トリエラの父の声だ。
休暇をもらえて、帰ってきた父が話してくれた、沢山の話。
真偽など分からない。寂しい思いをさせた家族のために話を盛って、楽しませようとしたのかもしれない。
戦争という不可思議な舞台には、普段ならほら吹きの噓だと笑われてしまいそうな話に、本当にあったのではないかと思わせてしまうような魔力があった。
空を駆ける剣の話。大砲による波状攻撃から仲間を守った、光の盾の話。そして――。
「――危ないですわ!!」
誰かの声が、トリエラを記憶の世界から引き戻す。
いつの間にか、トリエラの視界がいっぱいになるほどの距離にまで、2機のTDが近づいていたのだ。
長引く戦闘の中で、アオイ・モーントシャインはただの一度も剣を振らなかった。避けに徹した彼女は、5分以上もエストの攻撃を躱し続け、そして、先に体力の限界に達したエストがミスをしたのだ。
それをアオイが避けて、一撃入れれば勝ち。
しかし、アオイは避けることができなかった。
エストの機体は姿勢制御をし損ね、重力に引っ張られて、重心が前に傾いており、自分で自分の振るった剣が止められなくなっていたのだ。
これをアオイが避ければ、アオイの背後にいたトリエラに剣が直撃する。
避けなければ、威力を多少落としているとはいえTDの装甲を破るには十分な威力のそれがアオイのTDの胴体――コックピットブロックに直撃する。
本来、ある程度であれば機体のコントロール権限を奪うことのできるペパーティア・システム側が関節をロックしたりして止めたりするのだが、この状況でそれをしても間に合うかどうか。
もちろん、システム側のサヤカもそれは承知していた。
無理やり関節をロックすれば、機体が倒れこみ、大きな被害が出るかもしれないことも。
しかし、彼女はいたって冷静であった。
どうすればいいか知っていたから。いま、この状況をなんとかできる人を知っていたから。
そして、それを己のちっぽけなプライドのために使わないでいることを許せる人間でも無かった。
懸かっている命が、自分の親友のものであるのなら、尚更。
『――アオイ!!』
『……わかってるよ、サヤカ』
サヤカの声を聴いたアオイは機体を跳躍させる。
上でも後ろでもなく――前へ。
自ら当たりに行く軌道に入り、ようやくアオイのTDが剣を振り上げる。
黒鉄色の刀身が太陽の光を浴びて鈍く輝き、本来のTDが持つモーションパターンによる攻撃よりもずっと早く刃が空を駆ける。
「――行けッ!!」
入学してから初めてのアオイの気迫と共に、2人の巨人が交錯した。
コックピットブロックの装甲を叩き割る瞬間から目を背けるために目をつむったその場の全員に、いや、アステル・アカデミーの敷地中に響き渡るほどの澄んだ音が響く。
2機のTDは、密着するようにして静止。
そしてその直後、演習場の中心に金属の柱が突き立った。
その金属の柱とは、柄を失った剣だ。
今の交錯の瞬間に、エストの剣の柄の付け根を狙って、叩き折って見せたのだ。
周囲から、どよめきの声が上がる。
「柄を斬った……?」
「まじで?実戦でやるやついんのかよ……」
実際に武器だけを狙って壊すというのは、不可能というほど難しいわけでは無い。TDの格闘戦はモーションパターンによるものなのだから、タイミングと位置さえ合わせれば再現自体は出来る。
しかし、それを実践できるかどうかは別だ。
自分の命をたやすく奪うそれが迫ってくる中で、冷静に位置を合わせて、敵に向かって突っ込んでいけるのか。
そしてそれを難なくこなすことのできる人間は一体、どんな経験を積んできたのか。
その姿を目にしたとき、トリエラの記憶を刺激していた言葉がよみがえった。
『むかし、敵の真っただ中に取り残されたとき、助けてくれた人がいるんだ』
『僕に向けられたTDの剣が一瞬で折れて、そこには――』
『蒼い月の光に照らされた、大きな剣を持ったティターン・ドールがいたんだ。その機体とパイロットは仲間たちから、こう呼ばれてた』
「魔剣使い……」
「無事ですの?」
近くで叫んだアリシアの声も、今のトリエラには届いてはいなかった。
彼女の強さは、どこから生まれた物だろう。
彼女は、「これ以外に生きる方法を知らない」と言った。
――私には、彼女や魔剣使いのパイロットの様に、一度でも何かの為に必死になったことがあるだろうか。いや、ない。
私も、何かが欲しい。アオイも、サヤカも、エストも。この学校に通うほとんどすべての人間が持つ、戦う理由が。必死になれること、他の全てを投げ打ってでも手に入れたいものが。
自分が使っている物と同じはずのRG2-63-tがとても遠い物にトリエラは感じた。




