密会
「ねぇ、トリエラさん。クラス委員の貴方に折り入って話があるんだけど……」
昼休み、やけに疲弊した様子の教官が教室に入ってくるなりトリエラにそう言った。
「……ラーナ先生、何があったんですか?」
頭を抱えたラーナ先生と呼ばれた教官は本当に大きなため息をついてから、ゆっくりと話し始めた。
「転校生の、アオイさん。あの子が本当に手が付けられないのよ」
そういえば、初日に格納庫に連れて行って以降、昼休みに彼女を見かけることがなかったということを思い出した。
ある男子生徒がナンパ半分に何をしているのか聞いている時があったが、「転校生なりに学校に慣れようとしている」という感じの返答が返ってきたらしい。
「2週間で立入禁止区域への侵入が9件よ⁉本人は『迷い込んだ』の一点張りだし、試しに荷物確認したら大量の画像データと自作の地図がたっぷり!」
教官のその一言で周囲で騒いでいた生徒たちの空気すら凍り付いた。
「撮影も地図作成も禁止だって言ったら、『必要なことです』ってなによ!!理由を聞いても『言えません』って!スパイ扱いして憲兵に送り付けてやろうか本気で悩んだわ!!校長先生や偉い人に報告しても『自由にやらせてあげなさい』って!何かあったら私の責任にされるのに~!」
ラーナは生まれて初めて、生徒たちの目の前で泣き言を吐いた。それは、頼れる教師を目指していた彼女にとって、決定的な挫折であった。
話が通じないという現実に、世界から戦争がなくならないのはこういう理由があるからなのかと絶望して、生徒の前で涙を流したことも、初めての事であった。
生徒にそれを押し付けるのは屈辱であったのだが、最早教師の側ではどうすることもできないため、最早彼女に任せるしかなかったのだ。
「って言われても、先生の言うことすら聞かなかった相手をどう説得すればいいんですか……」
突然、尊敬する先生の醜態を目撃し、その先生直々に問題児の対処をお願いされても、トリエラにはどうすればいいかなど皆目見当がつかない。
「《《これ》》、あげるから取り敢えず、理由を聞いてきて」
ラーナ先生の手の上にあるものは、屋上の鍵だ。
「理由を聞いてみて、何かあったら先生に相談して、大したことじゃなければ、ほっといて構わないから、どうせ痛い目見るのは向こうだし」
……先生は相当うらみがあるようだ。
トリエラは少し悩んでから鍵を受け取った。
「……わかりました、やれるだけ、やってみます」
「ありがとう、任せるわ」
トリエラを信頼しているのか、それとも面倒臭くなっただけなのか、それだけ言って、ラーナ先生は出て行った。ラーナ先生の背中は普段よりなんとなく小さく見えた。
「さて、どうしよう……」
トリエラも彼女の《《奇行》》に困り果てている一人であった。
最近は放課後にサヤカとの時間を過ごしていると、アオイに付けられているときがあった。彼女はおそらくサヤカを付けているのだろうが、さりとて付けられる不快感が消えるわけではない。
そんなことを考えていると、いつのまにか周囲の視線がトリエラに集まっていた。
「本当にスパイなんじゃねぇの?」
ある男子生徒が、そう声を上げた。
「だってよぉ、変な時期に転入してきたし、俺たちとなんか距離とってる感じだし、付き合い悪いし」
「それはアンタがスケベ野郎だからでしょ!」
女子生徒がツッコミを入れ、周囲から笑い声が上がった。しかし、どうにも勢いが弱い。
「そういえば、サヤカに『あなたの味方』とか言ってなかった?」
「そういやそうじゃん、そこんとこ、どうなの?学年一位のサヤカさん?」
私を含めた教室中の生徒の視線が、サヤカに集まった。
サヤカはわざとらしい苦笑を作り、視線を向けてくる有象無象に言った。
「知り合いだよ、昔の。お父様の手伝いをしてた時にあった子」
その言葉を聞いて、少しホッとした自分がいたことに気づいて、トリエラは少し自分が嫌になった。
(自分の知らないサヤカがいるって、なんか嫌だな……)
その直後、教室の扉が開き、話題の中心人物であったアオイ・モーントシャインが姿を現した。授業が始まるちょうど5分前。この2週間、1日も欠かさずその時間に教室に戻ってきていた。
周囲の視線がサヤカからアオイに移ったあと、ほとんど全員が目を逸らした。
当然だろう。スパイかもしれない相手と、好き好んで付き合いたい奴はいない。
「ぉぁ、な、何……?」
「そう、ただの、知り合い……そうでなきゃ、私は……」
アオイの呻き声に紛れたサヤカの声を聞いた人は、誰もいなかった。




