荒馬と荒鷲 その2
『総員、傾注!これより、現地点を放棄し、クレートレッフ基地まで後退する!』
ベルナテットが回線を飛び交う怒声をかき消すように、叫んだ。
『しかし、それでは後ろから撃たれます!』
『問題ない、殿はボクとトレッフ37……アオイ・モーントシャイン中尉が行う!第3、第6小隊は30秒間砲撃し、敵の足を止めろ!その内に陣形を立て直して、最大戦速で領域を離脱するんだ!1分後に行動を開始する、準備しろッ!』
『り、了解!』
ベルナテットの叫びを聞いた前衛は、それぞれ周辺の遮蔽物に向かって少しずつ後退しながら、敵機に牽制射を開始した。
『アオイ、言い出しっぺなんだから、前衛は任せるよッ!』
「……勿論、サポートよろしくね。ベル」
アオイは遮蔽物の陰に隠れ、機体の右手で赤いペイントが施された野戦補給コンテナのレバーを引いた。
圧縮された空気の音とともに解放されたコンテナの中には、大体2メートルほどの大きさの燃料タンクが4本ほど配置されている。コンテナから伸びたアームが燃料タンクを掴み、先ほどの空戦で消耗したアオイの《グラニ》のシュヴァルベ・ユニット内の燃料タンクと交換する。
アオイの視界の向こうでは、ベルナテットが青いコンテナのレバーを引き、通常のアサルト・ライフルを中距離支援用のロングバレル・ライフルに交換していた。
野戦補給コンテナのアームののろのろした動きに少しいらいらしながら、アオイはモニターの端に映る撤退開始までのタイマーを眺めていた。残り35秒。
「……CP、こちらトレッフ37。ペパーティア・システムの情報支援が欲しい。できますか?」
『こちらCP、コンダクター1。状況は確認した。そちらにコンダクター4を付ける。戻ってこいよ』
『コンダクター4です。情報支援を行います』
コンダクター4の淡々とした声が響いた。
『よろしくね、サヤカさん。早速なんだけど、敵の配置を見せてくれる?』
『分かりました。表示します』
コックピットのモニターの中に、パッと周辺の地図が映った。
迎撃地点の地図の上に、いくつもの光点が輝いている。
――青がわたし、緑が味方機、赤が敵機。ええっと、敵の数は……。
アオイはカバーの中の指を折って、赤い光点の数を数えようとした。
『敵TDは16機、《ストリージ》が3機、《アドゥヴァーニ》が13機の割当です』
サヤカが先に敵機の内訳を話してくれたので、アオイは光点を数えるのを辞め、操縦桿を握りなおした。
じんわりと濡れた掌の感触を感じながら、再びタイマーを見つめる。残り15秒。
燃料タンクの交換が終わり、燃焼のメーターが「empty」の位置からぐんと跳ね上がって、「full」の位置を指した。
アオイはそのメーターの針が動くのを確認しながら、右手のアサルト・ライフルの弾倉を楯の裏に取り付けられたものに交換し、大きく深呼吸をした。残り10秒。
『……ねぇ、アオイ』
操縦桿に手をこすりつけるようにして、汗の不快感を拭おうとしていたアオイの聴覚に、サヤカの声が響いた。
『帰ってきたらさ……話したいことがあるの』
「……え?うん、わかった」
アオイはサヤカの言葉に、二つ返事で返した。
それは、アオイがその言葉の意味をどうしようもなく軽く捉えていたからだ。サヤカの声が震えていたことにすら気がつかないくらいに。
いや、気づいてはいたのだ。アオイの胸の鼓動が、逃げてはいけないことであると、確かに伝えていた。しかし、アオイは気づいてないふりをした。
タイマーが一瞬、大きく鳴る。作戦開始の合図だ。
『第3、第6小隊、榴散弾斉射3回!動きを止めろっ!』
2人の間に、ベルナテットの叫び声と、合計12門の銃身下滑腔砲の砲声が響き、繋がりかけた意識を切り離した。
放たれた60ミリ榴散弾は、アオイ達前衛の上を飛び、炸裂。敵前衛に鉛玉の雨を降らせた。
本来は対人用であり、TDの装甲を破れるほどの威力は持ち合わせていない散弾だが、カメラなどのセンサー類や、最大の弱点たる関節部を持つTDにとっては、本来の威力以上の脅威となる存在だった。たった数回の射撃で、部隊丸ごと足止めできるくらいに。
『足は止まった!今の内に離脱しろ!第3、第6小隊は前衛部隊到達と共に反転、出来るだけ早く基地に戻れ!ぐずぐずしてると我が家が丸焼けになるぞッ!』
20余名のパイロット達の了解の斉唱と、共に、《アードラー》が飛び去っていく。
これでこの場に残っている味方は、アオイとベルナテットだけになった。
『さぁ、アオイ。お待ちかねの少数戦闘だ。後ろは支えるから、先に暴れてきな』
アオイは最後の榴散弾の炸裂を見届けながら、左手の楯を捨て、腰を低く落とし、背中の剣を抜いた。
ジェットエンジンの唸りと、榴散弾が降り注ぐ轟音の中で、サヤカの微かな声が、アオイの鼓膜を揺らす。
『……帰って、来てね。話すこと、たくさんあるから』
「……うん」
降り注いだ榴散弾が巻き上げた瓦礫と埃が、太陽の光を浴びてキラキラと瞬いた。しばらくは、あれが煙幕がわりになってくれる。
——誰かに好意を与えられること、誰かに優しくされること、誰かが帰りを待ってくれるということ。それがどこかむず痒く感じるのは、わたしが普通じゃないからだろうか。
「うぉぉぉぉぉぉォッ!」
アオイは、微かに残った思考と、速すぎる心臓の音を空のコンテナに残して、地面を蹴り、戦場へと身を踊らせた。




