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荒馬と荒鷲

 上空からアオイ達目掛けて加速する影は、その距離を縮めるごとに鮮明さを増していき、やがて人によく似た影を……TDの機影をモニターに映した。数は……36機。

『敵機確認!36機、1個大隊だ!CP(コマンド・ポスト)、指示を求む!』


 ベルナテットが叫んだ。CP(コマンドポスト)のペパーティア・システム越しに響いた、14歳の少女にしては少し低めの声が、前線の2個中隊全員を押し込めているコックピットの中にある種の重苦しい空気を充満させた。


『36機!?ここに24もいるんだぞ!ただのテロリストが、なんでそんだけの戦力を……!』

 第4小隊の《アードラー》のパイロットの1人が、《ストリージ》のコックピットをベイルで砕きながら叫んだ。


『こちら、コンダクター1。装備は何だ?できる限りでいい、情報をくれ!』

 アオイ達と同じかそれ以上に余裕がないのだろう。コンダクター1の上擦った声がコックピットに響いた。

 再びアオイが上空の敵に視線を移し、くぐもった呻き声を上げた。


『速すぎる……!あれは……!』

 敵増援は予想より、ずっと近くにいたのだ。

 TDの推力では到底不可能な速度。よしんばできたとしても、帰還どころが目的地にたどり着く前に燃料が切れてしまうであろう速度。

 しかし、アオイはその速度を体験したことがあった。それもつい最近。


 機体内の燃料を節約しながら、本来実現不能な速度を出せる装備。それは——

CP(コマンドポスト)!敵は長距離用ブースターを装備!|シュツゥルム・イエーガー《吶喊猟兵戦術》だッ!スクランブル!迎撃機を上げろッ!今すぐ!」


『|シュツゥルム・イエーガー《吶喊猟兵戦術》!?CP(コマンドポスト)了解!指示はすぐ出る、準備を!』

「やってるよ!」

 アオイはコンダクター1の言葉に、荒々しさを隠す気のない返事を返した。


 ——まんまと嵌められた?最初からこいつらは囮だったのか?

「……くそッ!」

 アオイは近づいてきた《ストリージ》をベイルで殴りつけながら、そう毒づいた。

 殴られて体勢を崩した《ストリージ》のコックピットをベイル先端のブレードで抉り、歪んで裂けた装甲の隙間から伝わる赤黒い筋。

 いつもなら無視できるそれから、今のアオイは目を離せなかった。


『こちらCP(コマンドポスト)、コンダクター1より各機。現地点を放棄、クレートレッフ基地まで後退せよ。繰り返す、現地点を放棄、クレートレッフ基地まで後退せよ』

『無理だ!背を向けたら狙い撃ちだ!《ストリージ》すらまだ処理できていないんだぞ!』

『しかし、それじゃあクレートレッフはどうなる!あいつらはテロリストだぞ!ダムを崩されたら、何万の被害が出ると思ってるんだ!』


 ペパーティア・システムによる共有回線は今や、余裕の無くなったパイロット達の怒号が飛び交う戦場となっていた。

 いかに敵のパイロットが下手糞でも、この状況で背中を向ければ大損害は確実、ほとんどの機体がクレートレッフにたどり着く前に落とされるだろう。しかし、このまま無為に時間を潰せば、|シュツゥルム・イェーガー《吶喊猟兵戦術》で基地ごと落とされかねない。


 アオイの脳裏に、いくつもの人の顔が、浮かんでは消えていった。

「トリエラ……。エスト……。フーシャ……」

 様座な景色が浮かぶ。くしゃくしゃになったカンニングペーパー、とても重い背嚢、夜の湖。

 それは全て、アオイが自分で行動した末に見た景色だった。

 ——わたしは、何のためにあんなことをした?自分が無くしてしまった、「戦う理由」を見つけるためだ。


 アオイの脳裏には既に、この状況を打開する術があった。途轍もなくシンプルゆえに、危険極まりない、たった一つの策。

「あっ、おぁっ……」

 昔の自分であれば、容易く発言していたであろう一言が、いつの間にか言えなくなっていた。


 ——結局、何も変わらないのではないか?たった1人、コックピットで苦しい思いをするだけではないか?

「サヤカ……」

 アオイの口から、サヤカの名前が溢れた。

 脳裏に浮かぶのは、初めて会った時の景色と、彼女があの日アステル見せてくれた、真っ暗な闇。


 あの闇の奥に触れることができれば、サヤカの理解できるのではないか。

 そうすればもう、寂しい思いをしなくて済むのではないか。

 無くしてしまった「戦う理由」を、取り戻すことができるのではないか——。


 ふと弾けたその思考が、カラカラに乾いていたアオイの喉を僅かに潤し、ほんの少しの勇気を与えた。

 ——今、クレートレッフを落とされる訳にはいかない……そのために、わたしがすべき事は……。


「……ベル」

『どうしたの!?アオイ……トレッフ37!』

「難しい事だって、わかってるけど……。力を、貸してくれる?」

 モニターに映るベルナテットの目が、大きく見開かれた。


『……相変わらず、無茶を考えるなぁ』

 アオイの考えを察したベルナテットは呆れたふうにそう言って、笑った。

 戦場には似つかわしくない、可愛らしい微笑みだった。


『仕方ないなぁ……付き合ってあげるよ』

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