交差する思考 その2
モニターに映ったフーシャに、アオイは問いかけた。
「どうしたの?作戦中の個人通話は……」
『厳禁、ですよね?しかし、先程貴方もレンカ大尉と通信していたでしょう?これでおあいこです。レンカ大尉からも許可はもらいましたしね』
――それでいいのだろうか?まぁ、いいや。戦時中も結構いろんな人がやってたような気もするし。
カタパルトの準備が終わるまでの少しの時間だけ、アオイは深く考えることを辞め、フーシャの話を聞くことにした。
「なにか、あった?もしかして、昨晩の話?あれはエストが……」
『いえいえ、その話ではありませんよ。むしろ、感謝しているんです』
「感謝?どういうこと?」
『すとちゃんは貴方のこと、すごい気に入っているんですよ。アステルで貴方にのされてしまった時も、アオイが凄いんだって、一晩中言ってましたよ』
「そう、なの?」
アオイは軽く首を傾げた。しかし、フーシャはアオイの質問を無視して続けた。
『戻ってきてくださいね。すとちゃんが、悲しみますから』
フーシャは、食堂の時と同じように、張り付けたような笑みを浮かべながらそう言って、そのまま通信を切った。
「何だったんだ……?」
アオイはフーシャの意図が分からなかった。しかし、
――なんだろう、この気持ち。
アオイは操縦桿を握る自分の手に、どこかで触れたことのあるような、安心する温かさを感じた。
――どうして安心するんだろう、フーシャとは、ほとんど話したこともないのに。
不思議と引き延ばされた感覚の中でアオイは奇妙な浮遊感を味わっていた。
全身をぬるま湯に浸けたような浮遊感。手脚は重いのに、不快感は感じない。
巨大な海に抱かれるような感覚。自分自身が水になったような感覚。
昨晩見たクレートレッフのダム湖のように、静かにキラキラ輝いている水面に自分が溶けていくような心地良さ。
あの時感じた不思議な気持ちの一端を、アオイはようやく理解した。
水の中でじっとしていたら、自分はどうなるのだろう。誰にも助けてもらえず、ひたすら沈み続けたらどうなったのだろう。
――答えは単純。わたしが海になるのだ。
自分と世界の境界が無くなって、自分が世界に帰っていくのだ。当時のアオイは、――もしかしたら今も――それを無意識の中で望んでいた。
家族も、血のつながった兄弟すらもいない自分の帰る場所は、世界そのものにしかないのだと。
ふと、クレートレッフの水門が開いた。正確には、そんなイメージがアオイの脳内に瞬いた。
アオイの心の中にある世界が、ゆっくりとうねるのを感じた。開かれた水門から水が溢れ出し、アオイを包む多幸感も、安心感も、それに乗せられて、少しずつ薄れていってしまう。
残っているのは、重苦しいほどの喪失感だけだ。
『……37、トレッフ37!』
誰かの声が、アオイの意識を喪失感の中から引き上げた。
『出撃直前に昼寝とは、随分と余裕じゃないか、《魔剣使い》サマ』
また別の人の声が、アオイの意識を揺さぶる。
——眠っていたのだろうか。
アオイはコックピットのモニターの時刻の表示を確認した。気を失っていたのは10秒も無いはずなのに、アオイの思考はやけに澄んでいた。
「申し訳ありません、トレッフ3、トレッフ4。精神統一とやらをしておりました」
『へぇ、効果はあったかい?』
「はい、なんか、不思議なくらいスッキリしてます」
『それはすごい、帰ったらどうやったのか教えてくれや』
コックピットのレシーバーから響く低い声をどこか他人事な心持ちで聞きながら、アオイは操縦桿を握り直した。
『クレートレッフ第1小隊各機へ、こちらトレッフ2、ベルナテット・シュテルネン少尉。トレッフ1の指示だ、今回はボクが臨時に指揮を取る。各機は発進後、楔形陣形で前進、敵の頭を押さえるよ。時代遅れのガラクタどもを蹴散らして、モリニアの力を見せつけてやれ!』
「「「了解!」」」
カタパルトの準備が整い、甲板に蒸気が浮かび上がる。
甲板に取り付けられたシャトルの上に立つ4機のTDが、前傾し膝を折る発進姿勢を取った。
『コンダクター1より第1小隊各機へ、発進を許可する——ご武運を』
サヤカではない、ペパーティアシステムの管制官の女性の声が聞こえた。
「「「「ブラストオフ!」」」」
4人はほぼ同時にペダルを踏み込んだ。
瞬間、計8機のジェットエンジンが甲高い咆哮を上げ、わずか2秒で時速280キロまで加速した4機のTDが空へと打ち上がった。




