交差する思考
「急げ!敵はもうすぐそこまで来てるんだ!」
整備兵の怒声に鞭を打たれたかのように、クレートレッフ基地防衛の任に就く40名のパイロット達が一斉に走り出した。
格納庫のカタパルトに繋がる扉は開かれ、遠くで迎撃を開始した山砲の音が聞こえる。
その音と緊張が支配する空間を、アオイ・モーントシャイン中尉は走っていた。
サヤカ達4人の姿は、もう彼女の瞳には映っていなかった。
食堂から格納庫までの道を30秒で駆け抜け、3秒悩んだあと、《グラニ》の元に駆け寄る。
「来たな嬢ちゃん。《グラニ》は最高の状態に仕上げてある。壊すなよ」
「了解」
整備兵の言葉を機械的に返して、アオイはコックピットに滑り込む。
久しぶりの広いコックピットの空気を感じながら、アオイは半球状のカバーに手を突っ込み、カバーの中に隠された操縦桿を握った。
直後、コックピットシートと操縦桿に格納された金属輪が飛び出し、アオイの手足を強く固定、痛みというよりは痒みに近い衝撃が、アオイの全身を包む。
同時にコックピットハッチが閉じられ、アオイの視界全てが闇に覆われた。
闇が自分の全身を撫で回す不快感を一瞬感じた後、一気に視界が開けた。《グラニ》の頭部に搭載された各種センサーがコックピット内のモニターと接続されたのだ。
ものすごい速度で行われる機体のセルフチェックを眺めていると、モニターの端に、2人の人影が映った。サヤカとレンカ大尉だ。
『こちらコマンド・ポスト。ハタエ・サヤカ少尉です。TDCネームはコンダクター4、よろしくお願いします。』
『こちらはレンカ・ウィスタリア大尉。TDCネームはトレッフ1です。第69試験小隊所属機はトレッフ37から40までのTDCネームが与えられています。確認を』
アオイと少し遅れてコックピットに入ってきたトリエラ達はモニターに表示されたTDCネーム、すなわち戦闘中に使うコードネームを確認した。
「アオイ・モーントシャイン中尉、トレッフ37です」
『トリエラ・リーリエ少尉、トレッフ38です』
『フーシャ・マイグレックヒェン少尉、トレッフ39です』
『エスト・オルヒデーエ少尉、トレッフ40です』
4人の声を聞いたレンカ大尉は満足そうに笑顔で一回頷くと、表情を戻して口を開いた。
『よし、では状況を説明します。敵部隊は2個中隊(24機)。先日の模擬戦で使ったエリアに侵攻しつつあります。それに対し、我々は1個大隊(36機)を3つの中隊に分け、2個中隊で進行中の敵部隊を迎撃、1個中隊は基地で待機します』
『わ、私たちは……?』
トレッフ40が不満げな声を上げた。
『69試験小隊は1個中隊と共にクレートレッフ基地で待機してもらいます。しかし……トレッフ37』
「……はい」
『貴方は私の代わりに迎撃部隊に入ってください。69は私が預かります』
「……どうして、ですか」
トレッフ1の言葉を聞いたトレッフ37は、無意識のうちにそう呟いていた。
『まだ隊のメンバー全員に気を配ることができないと判断したからです』
トレッフ1の言葉を聞いたトレッフ37は、操縦桿を握る自分の手が震えていることに気づいた。
——わかってる、わかってるよ。これじゃあ意味ないってことくらい。
アオイ自身、戦闘体制となった途端、4人に目も向けずに格納庫に走り去ってしまった自覚はあった。
それが良くないことであることくらい、アオイ自身にもわかった。
本来自分がするべきだったのは、4人の緊張を解きほぐしてやることではないのかと、それに気づきもせず我先にと走っていってしまった自分の愚かさを恥じていた。
『大丈夫ですよ、アオイ』
闇に沈みかけたアオイの思考に、レンカ大尉の声が聞こえた。
ペパーティア・システムを通さない、短距離通信であることにはすぐに気づいた。私用での通信は厳禁であることにも。
『生きてさえいれば、何回だってチャレンジできますから。それまで、私が代わりに小隊のみんなを守ります。上官ですからね』
「……ありがとうございます。えっと、その……」
「みんなのこと、よろしくお願いします」
『任されました。じゃあ、切りますよ。ちゃんと戻ってきてくださいね』
レンカ大尉はそう言って、静かに通信を切った。
静かになったコックピットの中で、アオイはぶんぶんを力強く頭を振り、脳内に残るマイナス思考を振り落とした。
『……よし。では、トレッフ37はコンダクター1から管制を受けてください。何かあったら私に報告できるように、トレッフ4との接続もそのままで』
トレッフ1がそう言うと、機体のモニターに新たな人影が映った。それはサヤカのものではないペパーティア・システム経由で接続された、ベルナテットの姿だった。
『大尉から話は聞いてるよ。僕のTDCネームはトレッフ2。よろしく』
『よろしく、ベル……トレッフ2』
アオイはベルナテットにそう言って、カタパルトに向けてゆっくりと《グラニ》を歩かせた。
カタパルトのそばに配置されたコンテナからクレーンが伸び、クレーンのアームに搭載された武装を受け取る。
右手にアサルト・ライフル、左手に楯、背中の可動式アタッチメントに2本の長剣。頼もしい重みが両手と背中に加わり、重みがアオイの緊張を和らげてくれる。
アオイはどこか引き延ばされたような気がする感覚の中、モニターに表示された装備のステータスを確認しながらカタパルトに立った。
1個小隊分のTDを一度に射出するために用意された4機のカタパルトの1つに機体を接続しようとしたアオイの視界に、どこか不機嫌そうなフーシャの姿が映った。




