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2人だけの時間 その3

 翌日、自室で目を覚ましたアオイは、接着剤で塗られたのかと思うくらい重い瞼をどうにか開いて、ベッドから這い出ようとした。

 ベッドから這い出たアオイが寝巻きを脱ぎ捨てて軍服に着替えている時、今自分が這い出たばかりのベッドに不自然な膨らみがあることに気づいた。


 アオイが無造作に膨らみの上に被せられた毛布を剥ぎ取ると、そこには、

「……何してるの?エスト」

 他人のベッドで素晴らしく可愛らしい寝顔を披露する、エストの姿があった。


 エストはごろんと寝返りを打った後、可愛らしい寝言を言いながら、ゆっくりと目を開いた。

 アオイの視線とエストの視線が交錯する。

「おはよう、エスト。なんでわたしの部屋にいるの?」

「なんでって……昨晩のことを覚えてないの?」


 アオイはエストの言葉を聞いて、昨晩の自分の記憶を脳内で再生した。

 昨晩のアオイはハイキング(山中行軍訓練)の疲れを癒すために部屋でぐったりと倒れていて、その後エストに誘われて肝試しをさせられたのだ。そのあとの記憶は、アオイにはなかった。


「ほんとに覚えてないの……?」

「……ごめん、覚えてない」

「廊下の真ん中で気絶したから、背負ってここまで連れてきたんだよ。ベッドに寝せようとしたら下敷きにされて、そのまま寝る羽目になった」

「……ごめん」


 立ち上がりながら昨晩何が起きたかを説明するエストを眺めながら、アオイはエストの言葉をなんとか咀嚼しようとしていた。

 しかし、出てくるのは謝罪の言葉だけで、それ以外に何を言えばいいのか、アオイにはわからなかった。


「あっ、その……」

 シワがついてしまった軍服を手で伸ばしていたエストは、アオイのしどろもどろした姿を見て、大きなため息をついた。

「気にしてないから、大丈夫。それより、さっさと朝ごはん食べに行こう。お腹すいた」


 エストはアオイの手を引いて、食堂まで歩いた。

 昨晩見た時はどこか不気味な印象を与えていたクレートレッフの廊下は朝日を浴びて、すっきりと洗い流されたかのような景色をアオイの瞳に映していた。


 風が鳴らす低い呻き声も、明るい日の下では気味の悪さを感じさせることはなかった。

 アオイの手を引いたエストは廊下を抜け、食堂の扉を開く。


「おはよう、エスト、アオイ」

「遅刻よ、早く朝ごはん取ってきたら?」

「……おはようございます」

 食堂の片隅のテーブルには、どこか眠そうなサヤカとトリエラがいた。それと、不機嫌そうな顔のフーシャ。


「ところでアオイさん、質問なのですけど」

 不機嫌そうな顔の上に笑顔を貼り付けたフーシャが、アオイに質問をした。

「昨晩部屋にすとちゃんがいなかったのですが、何をしていたのですか?」


 一回返答を間違えればロクなことにならないだろうと感じさせるフーシャの目を見たアオイは、ちゃんと昨晩何があったかを説明しようと昨晩の出来事を脳内でまとめようとした。

 その瞬間、エストが口を開いた。


「この前フーシャが言ってた噂を2人で確かめてきたんだよ!大したことなかったね!」

「……まぁ。いつの間に仲良くなったんですね。そのあとはどうしたのですか?どこで寝たのですか?」

 ——やばい。絶対にやばい。


 アオイの頬に、冷や汗が伝った。

 この後エストが何を言うかの想像がついたからだ。

 アオイがエストの言葉を遮ろうとしたが、それより早くエストが口を開いた。


「廊下の真ん中でアオイが気を失っちゃってさ、部屋まで連れて行ったら押し倒されたんだよ」

 ——なぜ余計な言葉を足した!馬鹿っ、馬鹿ぁぁぁぁぁっ!

 アオイはサヤカとトリエラから注がれる非難の視線を感じながら、脳内で叫んだ。


「……まぁ。そういえば唯一皇帝の言葉に、『英雄色を好む』というのがありましたね。|アオイ・モーントシャイン《前大戦の英雄様》もやはりそうなのでしょうか……」

 そう言いながら、フーシャは顔だけで笑った。

 ――終わった。

 フーシャの瞳が放つ煌々とした輝きの中にある、明らかな殺意の波動に、アオイは自分の口内の水分が一瞬にして消えていくのを感じた。


 アオイはサヤカとトリエラ、フーシャの視線に耐え切れず、一歩後ずさりした。微かな希望を求めてエストに視線を向けるが、当のエスト本人は何が起きているのか気づいておらずにいつの間にか持ってきていた朝食をぱくついている。

 ――逃げるしかない!

 エストの支援にも期待できなくなったアオイは、食堂の扉の位置を確認した。


 身体能力的に逃げてもすぐ捕まるだろうが、エストに余計なことを言われるよりはましだと、アオイは本気でそう思っていた。

 その場しのぎにしかならない愚策に踏み切ろうとしたアオイと、アオイが逃げるのを予想して椅子から腰を浮かせたサヤカ達の視線が交錯した瞬間――

















 敵襲を知らせるサイレンが、鳴った。

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