2人だけの時間
アオイ・モーントシャインはハイキングをした日の夜、酷使した肉体を個室で癒していた。
自分の疲れを癒す方法がわからず、ただただ泥のように眠るだけのアオイしかいない室内では、ダム壁に湖の水がぶつかる音だけが響いていた。
「アオイ、まだ起きてる?」
部屋のノックともに聞こえてきた誰かの声が、部屋を覆う心地よい静寂を破った。
「誰だ……?」
倒れ伏したアオイはかすかに残った体力を絞り出して、どうにかしてベッドから起き上がると、ヨタヨタとした足取りで部屋のドアまで向かった。
「誰……って、エストか」
扉を開けた先にいたのは、同じ隊の仲間である、エスト・オルヒデーエだった。
「エスト、何のよ」
「幽霊退治に行こう」
「は?」
アオイの言葉を遮って、エストが放った言葉は、あまりに突拍子のないものだった。
「どういうこと?幽霊なんて、いるわけないでしょ」
「フーシャが2つ目のチェックポイントの時に言ってたんだよ。クレートレッフのダムは唯一皇帝が敵の村を水責めした後なんだって、当時の亡霊が彷徨ってるんだって!」
——また、唯一皇帝サマの話か……。
アオイはエストのその物言いに頭を抱えた。
「それ言ったのはフーシャなんでしょ?フーシャと行けばいいじゃん、申し訳ないけど、わたし疲れてるんだよ……」
アオイはエストの誘いを断り、部屋のドアを閉めようとした。瞬間、
「フーシャの言ってることが本当か、確かめなきゃいけないでしょう!?サヤカとトリエラは居ないし、アオイしか頼める人いないんだよ!」
エストはそう叫び、ドアをものすごい力で押さえた。
アオイがもっと強い力で引っ張ればドアを閉めることはできるだろうが、それをした後に実現するであろう、ドアに挟まれるエストの指の光景を考えると、アオイは力をこめることができなかった。
どうしようもなくなってアオイはドアノブから手を離した瞬間、エストはアオイの手を取った。
アオイは自分のカサカサの手と違う、エストのすべすべの手の感触を感じていた。
「何してんの、さっさと行くよ!」
「待ってよ、まだ行くなんて言ってない……」
アオイはエストに連れられて、夜のクレートレッフへの一歩を踏み出した。
————
「……ねぇ、エスト」
「何よ、今更怖くなったなんて言うんじゃないでしょうね」
「いや、怖いとか怖くないとかじゃなくてさ……何でわたしの後ろに隠れてるの?」
夜のクレートレッフ探索を始めてから、僅か3分。エストは手にしていたランプをアオイに押し付け、アオイの背後から正面の様子を伺っていた。
「……戦闘の時と一緒!あなたが前、私が後ろ!そっちの方が安定するでしょう!?」
「ずっと張り付かれてると動きづらいし、支援するなら少し離れた位置がセオリーじゃないの?」
「あ、アオイが怖がってないか心配でそばにいてあげてるの!」
——もしかして、フーシャのせいで眠れなくなったからわたしを巻き込もうとしてる?
アオイはそう感じながらも、もはやピッタリくっつかれてしまって逃げることはできないと思い、黙ってエストが言う通りにクレートレッフの廊下を歩いた。
その時だった。
廊下の奥から呻き声のような声が聞こえた。
アオイは咄嗟に手にしたランタンを音源があるであろう方向に向けた。
何もいない。
アオイは肩に添えられた震えるエストの手の存在を感じながら、ゆっくりとランタンを向けた方に向けて歩き出した。
冷たい錯覚を思い起こさせる気味悪さを感じながら、ゆっくりと歩を進める。
揺れるランタンが照らす先、曲がり角の向こうから聞こえてくる呻き声は、不規則なリズムで鼓膜を揺らし、その度にエストが小さな悲鳴をあげる。
「……誰?」
アオイはランタンを向けながら、音の主に向かってそう問いかけた。




