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日常の違和感 その2

「唯一皇帝、唯一皇帝ねぇ……」

 アオイは最近よく聞くような気がする言葉を反芻しながら、思考を巡らせていた。

 今考える必要のない、どうでもいいことではあるのだが、どうにも気になるのだ。


「最初のチェックポイントだった吊り橋は、何の場所だったっけ……?」

「吊り橋ね……確か、唯一皇帝が1人で100人切りした場所じゃなかったけ?」

「そこも唯一皇帝絡みの場所なの?」

「そこも……というか、最後のチェックポイントも唯一皇帝絡みだよ」


 うんうんと頭を捻ってみるが、小学校すら通ったことのないアオイに自分が納得できる答えなど出せるわけもなく、

 ——あれこれも全部、ウッズマン大佐のせいだ……!

 そう内心で毒づきながら、サヤカに三度質問した。


「じゃあ、その唯一皇帝サマはどこで生まれたの?」

 『サヤカは頭良さそうだし、すぐに答えてくれるだろう』というアオイの期待とは裏腹に、サヤカはすぐには答えてくれなかった。

「……?どうしたの?」


「わからないのよ」

「わからないって……出身地が?」

「出身地どころが、彼が唯一皇帝と呼ばれるようになるまでの経歴全てがね……。いつ、どこで、何したかははっきりしているけど、それ以外の全てが謎に包まれているの」


 サヤカのその言葉を聞いて、アオイは自分の耳を疑った。

 アオイはウッズマン大佐が唯一皇帝の話をしていた時、『大陸にもそこに生きている人間にも一切の興味が無かった人』と彼を分析した。

 その奇妙さが一層強まり、軽い寒気を覚えたアオイは軽く腕を擦り、会話を切り上げることにした。


「ふ、降って湧いた訳じゃあるまいし、その本に書いてなかっただけでしょ、うん。水汲みの準備してくるよ」

「あっ、ちょっと待って、アオイ」

 水汲みのやり方なんて知らないのにそんなことを言って、そさくさと逃げるようにその場を立ち去ろうとしたアオイを、サヤカは呼び止めた。


 水汲みのやり方を知らないのがバレたのかと思ってすこしびくりとしたアオイは、申し訳なさげにサヤカを見た。

 サヤカの瞳は雫を垂らした水溜りのように揺れていて、鈍いアオイでも自分を咎める意図がないことは、すぐにわかった。


「……どうしたの?」

「その、えっと、質問がね、あるの」

「……なに?」


 アオイはサヤカの言葉に、耳を傾けた。

 いつの間にかエストとフーシャもいなくなってしまっている。

 適当に流すことなど、出来やしなかったのだ。


「もし、自分がとても大切なことを忘れてしまっているとして……それを思い出したいと思うこと、ある?」

 サヤカのその質問に、アオイは息を呑んだ。

 サヤカの質問の意図が分からなかったからだ。

 ——わたしが忘れてしまっている過去を、サヤカは知っているのだろうか?


 アオイはそう思った。そうでなければ、唐突にそんな話をするはずがないと考えたからだ。

 しかし、アオイはサヤカに自分の記憶がなくなっているという話をしたことはなかった。

 トリエラから聞いたのだろうか?と考えながら、アオイは答えを返した。


「……ある」

「たとえ思い出したことで、苦しい思いをすることになっても?」

「うん。思い出したくても思い出せないのは、辛いから。それに、多分、本当に思い出せなくて辛いってことは、それはわたしにとって、大事なものだと思うから」


 アオイは自分のその言葉に、はらわたをナイフでずたずたにされたような痛みを覚えた。

 自分の失われた記憶が本当に自分にとって大切なものなのだろうか?もしかしたら自分が勝手に大切だと決めつけてるのではないか?

 そう思ってしまう自分を否定しきれないまま放ってしまった言葉の無責任さが、本当に嫌だったのだ。


「そう……ありがとう」

 サヤカはアオイの内心を知ってか知らずか安心したような声をして、その場を後にした。

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